« 翁ありけり…(1) | トップページ | 翁ありけり…(3) »

2011年1月11日 (火)

翁ありけり…(2)

B11011001

B11011002

八幡社の境内で、かの老翁が語ったことを、

出来るだけ、記し留めねばと思う。

もとより、しっかりとした古文書なんか残っていないから、

地元の教育委員会や郷土資料館の学芸員などは、

全く相手にしないだろうが…

(事実、由緒不明で片付けられている)

それでも、よく聞いてみると、中世史オタクの端くれとしては、

話の内容の随所に、そんなことがあってもおかしくないなと、

想えることが出てくるのだ。

曰く…①

「そもそも、我らは京下りの者である。奥州に下る前は、

 都では下級ながら、官職を得、御所諸門を弓矢を持って、

 守っていた。遠縁にあたる奥州平泉の御館に呼ばれ、

 その地で四代を数えたのだ。

 奥州では、砂金の扱いを任され、

 あの金売り吉次とも付き合いがあった」

曰く…②

「頼朝公には、一方ならぬご恩がある。

 当地を賜った我らは、まがりなりにも、田を開き、

 米を手にした。同じ一門でも、この奥の山地を、

 賜った者どもは、手に細工の技をつけるしかなく、

 毎年、季節になると、米とそういった細工物、

 山の産物を交換しておった。

 田は全て、谷戸の湧き水か天水、

 米作りも、昔ながらの直蒔きだ」

(写真 CX3)

|

« 翁ありけり…(1) | トップページ | 翁ありけり…(3) »

民俗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 翁ありけり…(1) | トップページ | 翁ありけり…(3) »