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2011年1月12日 (水)

翁ありけり…(3)

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B11011103

便宜的に新町名を冠してはいるが、この社には名が無い。

ただ、八幡、あるいは氏神と称していたようで、

この方がずっと自然で、あり得べき様だといえるだろう。

佐倉の歴博で、中世の武士館のジオラマが展示されていたが、

その館と氏神の位置関係が、

此処とそっくりだったのも面白かった。

曰く…③

「この社とわが館の下には、津久井道(往還)が通る。

 あの世田谷宿で矢倉沢往還と別れる道だ。

 この沢を少し下ると多摩川に注ぐ太田川、

 其処の橋は村境になる。「塞の神」があって、

 疫病神の侵入を防いでいたが、その姿は、

 大いなる、先尖りの石であった。

 ついでながら、往還の歩き方を教えよう。

 常に道の両端を駒音に気をつけながらいく。

 いつ何時、早馬が駆けぬけるか判らないからだ。

 道の真ん中は早馬のために開けておくのが流儀である」

(写真 CX3)

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