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2011年1月19日 (水)

八王子にて(4)

B11011801

B11011802

隣町の谷戸の入り口を望む。

左手の谷戸の奥に、かの老翁が語るところの菩提寺と、

領主大石氏の館跡がある。

室町初期の宝きょう印塔も残されているらしい。

大石一族は八王子近辺に幾つか山城を持ち、

室町中期にはかなり威勢を張ったようなのだが、

戦国末期、主家筋の上杉氏の没落によって、

後北条氏に臣従せざるを得なくなる。

当時の当主、大石定久は北条氏康の三男、氏照を、

養子に入れ、自らは隠居の身の上となった。

(その辺は世田谷・吉良氏の境遇と酷似する)

しかし、菩提寺の伝承によると、憤怒のあまり、

近くの野猿峠で自刃し、其処に葬られたと云うのだ。

(何故、野猿峠なのか、そこは考証する必要あり)

資料館のボランティア解説員の方は、そっちの説を、

熱烈に支持しておられたけど、理解は出来る。

北条氏照のほうは、地味ながら、戦国ファンの間で、

人気があり、隠れたヒーローになっている。

勇猛果敢で戦上手、政治手腕もなかなかだった。

小田原籠城の後、切腹を命じられたが、

彼の築いた八王子城は、

中世山城と近世城郭の過渡期をなす存在で、

石垣が多用され、安土城の影響が顕著と注目されている。

八王子市は城址の整備に力が入っているそうだ。

(写真 CX3)

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