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2011年2月 6日 (日)

隣町の菩提寺(3)

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今日はS95を持って、菩提寺の周囲の谷戸と、

峠の麓を探索してみた。

やや西方の、隣の谷戸には大石定久の家臣、

細田某が天正年間に建立した、同じ宗旨の寺があった。

野猿峠への道は、現在は大きく拡幅され真っ直ぐに登るが、

それとは別に、沢筋に沿って巻きながら登る、

細い対面通行の道があり、峠頂上付近で合流している。

(やはり、こっちの道が古道のようだ)

その道の、坂下付近に寺は立地するのである。

例によって、足を踏み入れると、若い住職から声をかけられ、

いろいろと興味深い話を聞くことが出来た。

この辺りに古くから住む人々は寺に墓を設けず、

在所近くに墓所を持つ風習を固く守ってきたのだと云う。

筆者は、最近、その想いを強くしているのだけど、

この峠一帯は、中世世界の典型的な境界地であり、

一大葬送地であった可能性が大なのだ。

(写真 S95)

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コメント

何か核心に迫る調査、考察が進んでいるような・・・。
八王子のことは何も知りませんが、写真も興味深いです。
八王子千人同心とか、近藤勇???

投稿: 胸の振り子 | 2011年2月 8日 (火) 11時32分

此処に来ても、中世世界の痕跡が気になってしまうわけですね。ほんの少しでも、その気配や匂いが漂っていれば…当地の品川、雑司が谷、目黒との大きな違いは、現状も含めて宗教的な状況のようです。まぁ、おいおいと触れていきます(異界もありますよ!)近藤と土方は日野ですが、人々の気質では通じるものがありますね。千人同心には大石氏の後裔もいたらしいです。それに因んだ地元の銘菓「葵千人」も味わってみました。

投稿: kansuke | 2011年2月 9日 (水) 10時07分

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