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2011年2月 9日 (水)

隣町の菩提寺(5)

B11020801

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さて、最初の菩提寺に戻って、

当地の戦国期の領主、大石定久の墓所を訪ねる。

墓域は残念ながら、近年、大きく整理されていて、

往時の様子は殆ど窺えない。

大石定久墓所の由緒は、寺側の主張によると、

上の案内板の如くであるが、この中で唯一、注目されるのは、

かつて、寺域が猿丸山麓(野猿峠)のかなりの部分を、

占めていたと云う点であろうか。

この寺が(万が一の城砦以外に)一帯の、

葬送地を管理するために、建てられたことも推測させ、

筆者がにらんでいる、猿丸山・中世葬送地説を、

幾許かは、補強する感じになっている。

墓石は総じて新しいが、居並ぶ家臣のものと伝える、

五輪塔には慶長年間の銘が見受けられた。

ついでながら、五輪塔の古さ(中世遺物とする)を観る、

大まかな目安は縦横比である。それが高いものは新しく、

低いものは古い(中世)ことが多いようだ。

(写真 CX3)

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