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2011年2月11日 (金)

馬駆ける渓谷

B11021001

B11021002

当地の古代の様子を調べてみた。

律令時代、朝廷は東国を中心に、各地に軍馬を飼育する、

官牧、御牧(勅旨牧)を設けたとされる。

武蔵野国にも何ヶ所かあり、そのうち、小野牧、由比(井)牧が、

この辺りにあったらしい。

平安中期に、小野牧の別当に任じられたのが、

小野氏の一流で、武蔵横山党の始祖だったと云うのだ。

小野氏は小野妹子などで知られる、

学者や歌人、武人を輩出した、近江の古代氏族だが、

渡来系の匂いがしないでもない。

(今のところ、その説は出ていないようだが)

ところで、此処は馬の放牧に適していたのだろうか。

もとより、だだっ広い平野ではない。

無数の、小さな谷戸から流れ出た小河川が集って、

多摩川へ注ぐまでの間は、なだらかで、

中央部に多少の平地を持つ、渓谷を形成している。

周囲は高くも低くも無い、ほどほどの丘陵で覆われる。

例えば、平野に出る、その出口を柵で塞いでしまえば、

楽に馬を囲い込めて、放牧が出来るのはないか。

谷戸に棚田が造られるのは中世に入ってからで、

それまでの古代では、放牧地が、

最も適した土地利用法だったのかもしれない…

そんなことをつらつらと、

都心に向かう私鉄の中で考えていた。

(写真 S95)

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