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2011年6月26日 (日)

元八王子にて(3)

B11062501

B11062502

B11062503

地蔵堂裏手、墓地のブロック塀は古道に沿っている。

少し手前に住吉社があり、言うまでもなく、住吉明神は、

市の守り神(宿神と言ってもよいかもしれない)で、

社の後背には、かつて「八日市」と云う字名が残っていた。

また、この古道を境に、由井本郷は鎌倉後期、

地頭、天野一族の所領争いで、幕府裁定により、

下地中分され、三分の一の方を「壱分方」(いちぶかた)

三分の二の方を「弐分方」(にぶかた)と呼んで、

戦前までは、村名にもなっていたようだ。

実に由緒のある地名なのだが、戦後、此処は、

地名を変えられ、区画整理、宅地分譲で、

村外の希望者に売り払われてしまったのだそうだ。

それで、今日の最期の写真みたいに、

一見、なんでもない住宅地になってしまったのだけど、

ちょっと裏に回れば、今でも驚くような光景が、

隠れていて…なんてことが…

(写真 CX5)

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