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2011年6月11日 (土)

武蔵府中にて(4)

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武蔵府中の地下には途方も無い歴史が眠る。

此処は、古代、中世は東山道、近世は甲州道中が貫き、

(都内の古道は、全て府中に繋がると言っても過言ではない)

そして、多摩川水運の川湊に臨むと、

(こっちは所謂、国府津・品川湊へ直結する)

東国屈指の都市的な場として、殷賑を極めたからである。

大國魂神社界隈は古代7世紀から11世紀にかけての、

武蔵国・国府があったと考えられている。

(中世12世紀~15世紀頃には幕府の守護所があった)

70年代より、この辺り東西6.5キロ南北1.8キロ内の各所で、

長期にわたる大規模な発掘調査が続行中だ。

境内にある「ふるさと府中歴史館」の学芸員の方に伺ったところ、

大型建物跡、古代道跡、瓦、土器類が多数出土していると云う。

また、気になる中世遺物関係だが、まだそこまで発掘調査が、

進んでおらず、今後の課題になっているそうだ。

中世の宿と市は西南部、分倍河原駅近くにあったらしく、

既に市内で、大量の埋納銭や常滑大甕が見つかっているので、

大いに成果が期待出来るだろう。

そんな訳で、筆者の武蔵府中探索は、折に触れて、

当分続きそうな気配なのだ。

(写真 CX5)

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