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2011年6月29日 (水)

元八王子にて(6)

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当地の地名変更は昭和31年のことだと云う。

今回、お邪魔したお宅の方は、

その頃、ご両親が分譲された宅地を求められたのだ。

以前は、八王子旧市街に住まわれていたのだが、

周囲で止める人が多いのを振り切っての転出だった。

爾来、やって来た新住民が七、八割を占めるようになる。

もとより、此処の深い歴史を知る人は殆どいなかった。

しかし、この方は積極的に古くから住んでいる人々と、

交流を重ねていたので、明治期以後の、辛い差別の経緯を、

知るに及んだのだ。

既に筆者も、地元の史料を渉猟しているけれど、

敢えて、このことを活字にした研究者は皆無に近いようだ。

「楽しい郷土史研究」を謳いながら、

歴史の暗部(真実)より目をそらし、看過する、

問題意識(=歴史感覚)を欠く姿勢には些かも同意できない。

さて、拙ブログを開始してから、都区内各所の、

中世古道、宿と市の痕跡を尋ね歩いてきたが、

(その気配は幾度も感じてきたにしても…)

これほど、重い歴史が今も生きているところは初めてだった。

でも、もっと深く、この地に入っていきたいと想う気持ちは、

当分、抑えられそうもない。

(写真 CX5)

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コメント

関西では若い人もそこがどういう地区かという事を知っているんですよ。
つまり親からずっと語られているんですね。
だからいつまでたっても差別がなくならないし、バカバカしい事にも気がつかない。

投稿: satobo | 2011年6月28日 (火) 23時36分

かなり徹底的に歴史を消し去ったつもりでも、残滓は必ず見つかるものです。しかし、一方では記憶の断絶は確実に進んでいます。どんな些細なことでも見落とさない視線がとても大事で、これは生まれながらの感覚かと思うことがあります。写真も然りです(視線の鈍さは必ず反映されますね)

投稿: kansuke | 2011年6月30日 (木) 10時40分

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