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2011年8月の記事

2011年8月29日 (月)

夏・週末・上野界隈

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如何にも、夏休み、週末風情の上野だけど、

一歩、東博の中へ踏み入れば、

煩悩を断ち切る、諸仏諸尊諸王がおわす…である。

さて、まず、目当て一番の、国宝、一遍上人絵伝絵巻、

巻の第七(鎌倉時代 13世紀)

今回は細部を観る。

一遍の賦算を受ける人々でごった返す、京三条、

町屋の軒先で売っているのは野菜だろうか。

こういったスタンド形式の店構えはよく見かける。

現存の町屋にも、似たような施設があった。

道端に犬二匹、でも、店奥から覗いているもう一匹は、

どうも、犬には見えない。まさか中世の猫?

それにしても、少々太っているな。

(写真 CX5)

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2011年8月28日 (日)

上野→銀座→四谷三丁目

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月末の土曜日に時間が取れたのは実に久しぶりだ。

この日を有効に使うべく、午前中は上野東博にて、

国宝・一遍上人伝絵巻絵の特別公開、

(前回は2008年の暮れ、今回は10/2まで)を観覧し、

午後は、銀座を経由して、

四谷三丁目、アローカメラのトークショーに参加した。

写真家・田中長徳氏と会うのは、

去年5月、渋谷中古カメラ市以来だと思う。

二次会を出て、ほろ酔いで歩く、

黄昏の新宿荒木町界隈も、いい風情だった。

上野東博の展示については稿を改めよう。

(写真 CX5)

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2011年8月26日 (金)

建仁寺垣

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横浜・金沢の旧居、そう広くない庭を設えるのに、

父親は、竹にこだわっていたと記憶する。

まず、高さ5、6メートル、太さは3センチくらいにしかならない、

中型の竹の苗を探してきて、ほどほどの竹林を作ろうとした。

最初は、なかなか根付かなかったけど、

やがて、竹は水道を見つけ、盛んに伸び始めた。

あたりかまわず、筍が頭を出し、笹の葉は絶えず落ちてくる。

掃除はさせられるわ、藪蚊は出るわ、往生したな。

結局、藪の風情が次第に強まり、美しい竹林にはならなかった。

でも、父親は、あくまでも竹の美を求めようとしたのか、

今度は、玄関に建仁寺垣を持ってきた。

建仁寺垣というのは、京都・建仁寺発祥の、

竹材を端整に並べ意匠した、禅宗庭園風の垣根のことである。

(最近はプラスティック製のが多くて、興ざめだが)

職人たちが棕櫚縄で、

建仁寺垣、独特の結目を結っているのを、

しゃがんで見上げていたのが、幼児期の筆者だった。

(写真 CX5)

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2011年8月25日 (木)

藪と竹林

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竹林のことを、現状、荒廃が相当進んでいるので、

藪と呼ばざるを得ないことが多い。

「藪」とくれば、「藪医者」なんて具合に、

頗る悪いイメージで捉えられている。

「藪」は音の当て字で、本当は「野巫」(やぶ)

…正規でない在野の、下級の陰陽師、

 遍歴する卑賤の声聞師、呪師、

 祈祷や呪い、怪しげな薬で病者を癒した…

に由来するのだと云う。

ある意味、隠語めいた言葉なのだろう。

対照的に、竹林のほうは「竹林の七賢」

「竹から生まれたかぐや姫」の竹取物語といったふうに、

聖なるイメージで彩られているわけだ。

竹の併せ持つ、相反する「聖と賎」のイメージは、

表裏、あるいは境界的で、極めてシンボリックなのである。

(写真 CX5)

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2011年8月21日 (日)

竹の開花

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「竹の民俗誌」(沖浦和光著 1991 岩波新書)を読んでいて、

竹の一斉開花の項で、思い出したのは、

小学生時代の夏休み課題だった。

誰かが、竹の花を提出したのだ。

稲の花に似た、黄金色でごく小さな、

どこか気品のある花だったと記憶する。

本書によれば、開花周期はおおよそ120年と推定され、

その時期が来ると、竹林は全て枯死してしまうと云う。

メカニズムも諸説あって、未解明らしい。

熱帯、温帯モンスーン地域しか生育しない竹、笹は、

云われてみれば、実に不思議な植物である。

竹材が使われるのは、

笊、籠、箕、箒をはじめとした生活雑器類、

紙、筆、垣根、建材、炭、松明、釣竿、旗竿…

弓矢、竹槍、竹刀などの武器、

笛、尺八、笙といった楽器と、枚挙の暇がない。

しかも、強い霊力、呪術性がある。

正月の門松、注連縄、結界の青竹、

記紀神話のアメノウズメは小竹葉を持って、

神がかりするし、能の「隅田川」や「百万」で、

シテが手に舞うのは、やはり「狂い笹」だ。

竹は、東アジア全域に通低する民族性を読み解く、

重要な手掛かりを孕んでいる。

あっ、そうそう、筍も美味いんだ。

(写真 ライツミノルタCL Mロッコール40㎜F2)

(2008年10月 北鎌倉にて撮影)

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2011年8月18日 (木)

日々の写真 8/17

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午前中の早い時間に、

「ワシワシ」とか「シワシワ」と鳴きだす蝉が1~2匹がいる。

これがクマゼミであろうと睨んでいるのだが、

声はすれども、姿は見えずなのだ。

しかも、他の蝉たちと比べれば、圧倒的にマイノリティである。

今朝、寓居の窓より、鳴き声を認め、

その方向の梢にそれらしき影を発見、

CX5の超解像ズーム機能を駆使して、15倍で撮影してみた。

得たりと覚えて、モニターを確認するに、

単なるアブラゼミと判明。残念…

懲りずに、またやってみるか。

夏はまだ、残っているし…

(写真 CX5)

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2011年8月17日 (水)

蝉たちの往生

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都心に居た去年の夏も、蝉は少なくない環境だったけど、

当地の比でないのは確かだ。

夏は終わりに近づき、蝉たちの往生際に行き会うことが多くなった。

道端に累々とひっくり返っているのはありふれた光景である。

でも、中には骨のある奴もいる。

朝方、落ち武者の如く、

羽を乱したアブラゼミがとまっているのを見つけた。

夕刻、同じ道を通ると、そのままだった。

試しに突いてみると、はたと地面に落ち、

既に事切れているのであった。

蝉の「即身成仏」 否、「立ち往生」か(写真上)

昨夜、深更に及んで「ケッ!」という叫び声とともに、

窓にバッシと当たるものがある。

ヒグラシだったが、彼は真夜中にもかかわらず、

「カナカナ」と鳴き出した。あまりにうるさいので、

ビームライトを照射して(フラッシュは無理である)

一枚撮ってやったら、蝉パンチを浴びせてきた(写真下)

こっちの往生はまだ先のようだな。

(写真 CX5)

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2011年8月15日 (月)

日々の写真 8/14

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夏季休暇とまではいかず。

されど、読書のほか他事なし。

夕刻、漆黒の林間でカブトムシを見つける

天然モノは、実に数十年ぶりだろう。

フラッシュを使わず、辛うじて撮影した。

まぁ、こういう環境に住んでいるわけだよな。

(写真 CX5)

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2011年8月13日 (土)

政子の手箱?

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昨日に続いて、東博の平常展の見どころをもう一つ。

今なら(~8/22)漆工の展示が充実している。

片輪車蒔絵螺鈿手箱(国宝 12世紀)

八橋蒔絵螺鈿硯箱(国宝 尾形光琳 18世紀)

橘蒔絵手箱(国宝 熊野速玉大社蔵 足利義満奉納 14世紀)

一度に、これだけ鑑賞できれば文句ないだろう。

最初の片輪車の手箱は三島大社伝来、北条政子奉納とも云う。

政子と言えば、サントリー美術館、唯一の国宝、

浮線綾螺鈿蒔絵手箱も政子遺愛の品と伝える。

そして、今となっては、幻の名品なのだけれど、

かつて、鎌倉鶴岡八幡宮に政子拝領の手箱が伝来していた。

その砌、天下に、政子に因む三つの手箱(いずれも名品)

が存在したわけだ。

しかし、明治初年、鶴岡の手箱は欧州の博覧会へ出品中、

帰りの船が遭難水没して、永久に失われてしまった。

この経緯は、先頃、鎌倉国宝館で伺ったが、もっと前に、

多分、筆者の幼少期に、父親から聞いていたのも思い出した。

(写真 CX5)

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2011年8月12日 (金)

珠洲大壷

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一昨日の東博では、特別展より、

平常展のほうで、印象に残るものが多かった。

この頃、筆者は中世陶磁に魅かれている。

所謂、中世六古窯(瀬戸、常滑、越前、信楽、丹波、備前)は、

列島各地、中世都市遺跡出土品の常連として、

いずれも、はるばる海路を辿って、今ここで見出されたという、

中世世界への、想いをかき立てるモノたちなのだ。

能登半島の珠洲もそうした中世古窯の一つである。

新潟県妙高市の経塚(12世紀)出土の、この大壷、

質実で力強いフォルム、ダイナミックな条刻、

それでいながら、どこか繊細、一目で魅せられた。

(おまけの画像は近頃、何かと話題の織部=黒織部茶碗17世紀)

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(写真 CX5)

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2011年8月10日 (水)

世田谷→渋谷→上野

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世田谷(病院)→渋谷(漢方薬局)→上野(東博)と廻り、

午前午後を費やす。

東博は「空海と密教美術展」(~9/25)を観る。

つい暑さにやられて、出展中の東寺、国宝指定・梵天像、

フィギュアを衝動買いしてしまう。@¥4200也

不動、帝釈天、大日、増長天、如意輪とラインナップする中で、

比較的出来のいいものを選んだつもりだけど、

去年の東大寺展・海洋堂製、月光菩薩像のほうが、

遙かに!良かったみたいだ。

雰囲気的に、我が朝の仏に見えないのだ(特に顔がね)

でも、目の前で立て続けに三体も売れた。

若い女性が増長天、年配のオヤジが帝釈天だったな。

肝心の展示内容と平常展については明晩にでも…

(写真 CX5)

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2011年8月 7日 (日)

夏の終わりの始まり

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PCに向かっている背中で、何かがバッシと当たる音がする。

振り向くと、窓辺にアブラゼミがとまったのであった。

夕刻、外出すると、今度はヒグラシを見つけた。

神経質な蝉で、高いところにとまることが多く、

撮るのが難しいのだが、今日は街路樹の低いところだった。

幼少期によく聞かされたけど、

蝉が低みにとまるようになったら、夏もそろそろと云う。

「夏の終わりの始まり」か。

(写真 CX5)

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2011年8月 4日 (木)

日々の写真 8/3

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八月になったからだろうか。

街が、なんだかリゾートめいてきた。

この前、旧市街の人から指摘されたのだが、

当地は「八王子の別荘地」と呼ばれているのだそうだ。

俄かには信じられんな(実態はフツーの住宅地である)

さて、形だけでも、夏休みの計画を練るとするか。

(写真 CX5)

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2011年8月 2日 (火)

本郷の木造三階建下宿館

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有名な本郷の、木造三階建下宿館が取り壊されると云う。

明治38年(1905)建立(築106年) 震災や空襲をくぐり抜けてきた、

まさに現代史の証人と言ってもよい存在だった。

実際、都内では、この時代の建築物は殆ど残っていないだろう。

一方で、大正建築の代官山の某宅が重文指定を受けているのに、

こちらが価値を認められなかったのは何故なのか。

もとより、納得がいかぬし、残念な仕儀である。

歴史的な遺物を大事にしないのは、

この国の救い難い悪癖であろうな。

写真は2007年11月16日、

遺構の前で佇む写真家・田中長徳氏。

当ブログを始めたばかりの頃だ。

(写真 GX100)

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