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2011年9月の記事

2011年9月27日 (火)

早雲寺の森

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今夏訪ねた、箱根湯本、早雲寺の森。

酷暑、湿気、藪蚊と、往生したのも、既に想い出の中だ。

七月の強い日差しと、

鬱蒼とした照葉樹林の日陰が作るコントラストに、

撮影も苦労したな。

目指す「北条五代墓所」は白く輝く。

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さて、秋深まる十一月初旬、早雲寺では、

寺宝の曝涼と特別公開が予定されている。

重文指定、あの特異な風貌で知られる「北条早雲画像」に会える!

(写真 ライツ・ミノルタCL ビオゴン28㎜F2.8 SUPER GOLD400)

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2011年9月24日 (土)

カネタタキの声(2)

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昨日投稿の「鉦叩き」の画像を手持ちの史料から探すと、

15世紀の「融通念仏縁起絵巻」に出てきた。

今年の一月に東博で現物を観ている。

彼らを象徴する持ち物は鉦、鉢、瓢箪である。

やはり、異類異形の輩であろう。

特に瓢箪は、利休が取上げ、真ん中で切って、

花入れに使った。

そう言えば、秀吉の馬印も瓢箪であったな。

(写真 CX5)

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2011年9月23日 (金)

カネタタキの声(1)

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虫の音が賑やかなのであるが、

よく耳を澄ますと、合奏の中に「チン・チン・チン…」と、

微かに鳴く声がする。

「カネタタキ」という(コオロギの仲間か)虫なのだそうだ。

多分、名前の由来は「鉦叩き」であろう。

中世世界の遍歴する念仏行者で、

鉢や瓢箪、鉦を叩いて、念仏を唱えながら、在家を回り、

茶筅を売って、糊口をしのいていた。

京・極楽院空也堂の門徒、あるいは高野聖の一派とも云う。

彼らが茶筅を売る由緒は、平安の昔、空也上人が、

京に溢れる病者を救うため、茶筅を用いて、

茶を振舞った言い伝えに因る。

近畿、中国、九州では集住して、竹細工に従事することが多く、

念仏踊りなどの芸能を通じて、時衆とも係りがあったようだけど、

近世初頭に穢多身分へ組み込まれていく。

やはり、竹細工、茶、その系譜上に利休が連なるは疑えまい。

(写真 CX5)

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2011年9月20日 (火)

鼠草紙絵巻(3)

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前に触れた、サントリー美術館の「鼠草紙絵巻」に、

鼠の!利休が登場しているのを思い出した。

(鼠草紙絵巻については、こちらこちらを参照)

まぁ、鼠の世界に仮託して、

戦国期の大名家中の実態を描いているのだけど、

見ようによっては、かなり辛らつなパロディーでもある。

この絵巻は大名家の嫁入り道具に入っていたというから、

尚更であろう。

やはり、どうしても、秀吉の家中が想起されるけど、

(絵巻を観た人は誰でも、そう想ってニヤついたに違いない)

仮に、主人公の「鼠の権頭」が秀吉だとすれば、

キツイ皮肉というか、「鼠の分を知れ」って感じの、

教訓話になるわけだ。

実際、信長は秀吉を「禿げ鼠」と呼んでいたしね。

(写真 CX5)

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2011年9月19日 (月)

日々の写真 9/18

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麻布十番にて開催中の、

「8x10カメラな仲間たち写真展 2011」(~9/25)を観てきた。

出展者の皆さんと歓談、旧交を暖める。

昼食は振り子さんと、今年最初の秋刀魚を食す。

(写真 CX5)

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2011年9月18日 (日)

彼岸花咲く

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何だかんだ言っても、さすがに残暑が途切れつつあり、

秋は確実に深まっている。

当地では、想ったほど彼岸花が多くない。

見つけたのは、目立つところで二ヶ所だけだ。

谷戸奥にでも、分け入らないと難しいか。

駅で、埼玉・高麗川、巾着田のポスターを見かけた。

今週末から「彼岸花祭り」だそうだ。

此処からだと、意外に近いらしい。

昔、撮影計画を練ったことがあったな。

一斉に咲くと、毒々しいまでの真っ赤、

どうしても、鮮血を想起してしまう。

(写真 CX5)

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2011年9月16日 (金)

日々の写真 9/15

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竹細工の歴史、民俗から掘っていったら、

職能民、道々の輩、利休、わび茶、と芋づる式に進み、

村田珠光まで来て、京都・大徳寺の門前に至った。

此処で珠光は、一休宗純に禅を学んでいる。

(茶禅一味と云うほど、わび茶と禅は密接不可分なのだ)

そして、一休の弟子に、あの金春禅竹がいて、

同時期、北条早雲(伊勢新九郎盛時)も参禅していた…

(箱根湯本の早雲寺は、

 東国における、大徳寺派の一大拠点だった)

しかも、この過程で登場した人物の殆どは、

大徳寺で出家して「宗」の字を頂く法名を持つ。

あたかも、中世後期思想史の交差点のような観がある。

今夏、頭の中でこんがらがっていた糸が、

不思議に解け、繋がってきた感じだ。

大徳寺がキーワードになるかも。

(写真 CX5)

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2011年9月15日 (木)

「わび」は真似るべからず

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この前の、東博の展示から、

利休が手ずから切り出した竹で、自作したと伝わる花入れ。

「竹尺八花入 銘一曲」(16C)

昨日の村田珠光の言だけど、彼は戒めることも忘れていない。

…近頃、初心未熟な者が「冷え枯れた」(わびた)美をねらい、

 名人上手の真似をして、わびた備前、信楽などを使うのは、

 身の程知らずで、言語道断である…

これは「たけたる位」の芸境を安易に真似るのを禁じた、

世阿弥の言葉を踏まえている。

「わび」ねらいは相当の上級者がやらないと様にならない。

再び、卑近な例をあげれば、

ボロボロの古ライカを似合わない人が持っても、

反って、無粋で嫌味になるわけだ。

まぁ、端的に「わび」の美意識とは、

「外見を敢えて粗相にして、内面を実に豊かにする」

高等戦術と言えなくもないか。

(写真上 GX200 2008年秋北鎌倉にて 下CX5)

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2011年9月14日 (水)

日々の写真 9/13

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昨夜は、日没より暗雲垂れ込め、明月望めず。

されど、深更に及んで、時ならぬ明るさに目覚める。

一点の隈無き夜空に月一つである。

でも、天空に開いた大穴の如しであったので、

興が乗らず、写真は撮らなかった。

利休が継いで完成の域に達した「わび茶」の開祖、

村田珠光(1422~1502)は、

「月も雲間なきは、いやにて候」と語ったと云う。

室町後期(中世後期)から現代に至る、数寄(趣味)の世界に、

「わび茶」の影響は極めて大と言えるのではないか。

卑近な例をあげつらえば、

新品ピカピカのライカM9(上手物=じょうてもの)より、

ボロボロの古ライカ(下手物=げてもの)のほうが、

「わび」て、遙かに上とするのと、

本質的に、通低するものがあるわけだ。

(写真 CX5)

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2011年9月12日 (月)

再び異界を彷徨う(2)

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今朝、どこかのニュース番組で、津波で酷くやられながらも、

事業を継続している、大船渡のお菓子屋さんのことを知った。

そこで作っている銘菓「かもめの玉子」が欲しくなって、

夕刻、地元デパ地下の、諸国名産コーナーで見つける。

以前から、物産展でよく見かけたものだったけど、

もとめるのは初めてだ。

…………

911、10年目の追悼式をBSライブでやっている。

チェロ独奏はヨーヨーマか。

(写真 CX5)

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2011年9月10日 (土)

再び異界を彷徨う(1)

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秋の昼下がり、いつもの路線バス、

思い立って、前から気になっていたバス停で降りてみた。

コスモスの小径に誘われ、谷戸の奥へ登る。

やはり、睨んだとおり、ここも異界だったのだ。

しかし、今日の残暑は応えたな。

(写真 CX5)

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2011年9月 9日 (金)

秋の光

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秋の光は、全ての対象物の、

輪郭線をくっきりと浮かび上がらせる。

写真撮影に好適な季節の到来だな。

……………

「人物叢書 千利休」(芳賀幸四郎著 1963 吉川弘文館)

を読み継ぐ。

利休の系譜に関する、最も信頼出来る文献によると、

利休の祖父は千(専)阿弥といい、

代々、足利将軍家の同朋衆を務めていたが、

政争に巻き込まれ出奔し、堺へ移り住んだと云う。

時宗の阿弥号を名乗る、僧形の同朋衆は作庭、立花、茶、

田楽、猿楽能などの道々の輩であり、

もとより、卑賤の身の上だった。

しかし、田中というれっきとした姓があったようで、

正式には田中千阿弥と呼ばれる。

姓がはっきしない、否、持たない秀吉との大きな違いだろう。

(写真 CX5)

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2011年9月 6日 (火)

日々の写真 9/5

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天候未だ優れず。秋の日既に短し。

…………

これまで、数多くのドラマに利休は描かれている。

今年の大河もそうだったけど、

劇中、利休が自分は「魚屋」(ととや、屋号とする説あり)

の出と述懐する場面があった。

通説では、堺の納屋衆=倉庫業が家業だったとするので、

ちょっと進歩したかもしれない。

しかし「竹の民俗誌」(沖浦和光著 1991 岩波新書)では、

利休が雪駄を考案したと云う伝承や、

師の武野紹鴎が「皮屋」だったと記す文献、

利休が住んだ堺・今市が履物作りの町だったことなどから、

利休も「皮屋」を営んでいたのではないかと指摘している。

戦国期、皮革関連の業者は武具甲冑の製造に関わっており、

諸大名より保護を受け、巨富を得ていたことが判っている。

彼らが「かわた」と呼ばれて、卑賤視が強まるのは、

もう少し後の時代からだ。

(写真 CX5)

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2011年9月 5日 (月)

虹立つ

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日中、風吹くも、雨降らず。

夕刻、東方の地平線近く、微かに虹が立つのを認める。

それを何とか望遠側ギリギリで撮ったのが上の写真だ。

ほんの一瞬、西日が差した時に出現したのだけど、

その間僅か数分だったと思う。

(虹の立つところについては、こちらを)

…………

昨日、思い立ってAmazonのお急ぎ便にて、

「人物叢書 千利休」

(芳賀幸四郎著 1963初版 2000新装版 吉川弘文館)

を発注し、本日入手する。

利休のことを纏まった論考で読みたくなったのだ。

半世紀近く経つ著作だが、名著と言えるだろう。

出自に関するところでは頷く点多し。

近く稿を改め、紹介しよう。

(写真 CX5)

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2011年9月 4日 (日)

つくつくほふしの鳴き声

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寓居の周りの森は、ツクツクボウシの大合唱である。

神経質な蝉で、撮影するのはちょっと難しいが、

当地に来て、初めて成功する(写真上)

「オーシツクツク」と鳴くと想っていたけど、

その名の由来通りだと、

「ツクツクホーシ」と鳴くと云うことになっておる。

どっちでも構わないにしても、「ほふし」(法師)と聞こえたのは、

どこか、中世世界的な感覚が入っているような…

念仏を繰り返し唱え続ける、正規、非正規の「法師」たちが、

道々、宿々に溢れていたわけだしね。

…………

遙か西方を進む台風なれど、突風と豪雨、当地も襲う。

(写真 CX5)

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2011年9月 1日 (木)

夏の終わり

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台風の接近で八月終る。日中は降りそうで降らず。

週末の天気が気になるのは、

越中八尾の「風の盆」が始まるからだ。

………

新首相は存外、シンプルな思考の持ち主のようだ。

現代史に対する、歴史感覚の支離滅裂さにはちょっとね。

異論もあるだろうが、前政権より確実に一段堕ちよう。

これからは、中世世界さながらの、

「自力救済」の思想を見直す必要があるな…

と書いてきたところで、虫の音に耳を傾ける。

(写真 CX5)

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