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2011年11月28日 (月)

高尾山へ(6)

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薬王院のお守り授与所でご本尊、飯綱権現御影を購入する。

掛軸仕立で大中小と揃い、小は@\1500也。

飯綱権現の本地の一つは地蔵菩薩、そこから勝軍地蔵とも解され、

中世後期から戦国期にかけて、軍神として多くの武将が、

尊崇した。上杉謙信は自らの兜の前立てにするなど、

特に熱心に信仰したようだ。

前回も触れたように、高尾山の戦国期以前の様子はよく判らない。

修験者が集まる「薬師堂」を中心とした道場だったのだろう。

霊地と見るなら、あるいは有史以来と言えるかもしれない。

関東平野南部では、海面から最初にぶつかる高山であり、

標高500メートルそこそこといえ、ここからの眺望は、

まさに洛中洛外図で、空飛ぶ天狗になったような感覚なのだ。

中世世界で云う「勝地」とは、こんなところだったのかな。

(写真 CX5)

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