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2011年12月 1日 (木)

高尾山へ(8)

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下山するケーブルカーの中で、冬至に山頂から観られる、

ダイヤモンド富士の案内をしていた。話題の撮影スポットである。

でも、実は、遥か昔から知られていた現象ではないのか。

そもそも、富士信仰が流行りだした戦国期に、

北条氏康は高尾山頂へ富士浅間社を勧請し、

戦乱で参詣が困難になった東国一円の信徒に、

遥拝地を提供して喜ばれたと云う。

江戸期の富士講は、富士登拝の往路で、

富士・高尾の「両山講」と称して、立ち寄ることが多かった。

富士講と高尾山の檀家は、同じ江戸、関東地方に分布しており、

重複していたことも判っている。

ふと休んだベンチの傍らに、

忘れ去られたように立っていた石柱の銘文には、

小網町の商家らしい人が、文久二年十一月に造立したとあった。

高尾山の歴史は実質、小田原北条氏のサポートで戦国期に始まり、

徳川政権に引き継がれ、江戸中期、最盛期を迎えたのだ。

(写真 X10)

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