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2012年1月31日 (火)

「平清盛」を視る(5)

B12013001

大河ドラマの見せ場とは、史実と史実の間に、如何に、

当該時代の「さもありなん」という物語=フィクション(創作)を、

つむぎ出せるか、だと思う。

もとより、最新の研究成果による時代考証は必須だが、

最終的には、脚本家がどれだけ勉強したかにかかっている。

その意味で、筆者は2007年の「風林火山」を高く評価するのだ。

さて、今回の「清盛」で、気になっていることのひとつに、

頼朝に清盛を語らせるという趣向があった。

重要なドラマの筋立てだろうが、違和感ありとしたい。

最近の研究の流れでは、頼朝より、先行する清盛に、

最初の武家政権としての意義を認識する傾向が出ている。

それを受けての、頼朝の役回りだろうけど、だとすれば、どうしても、

経緯をあまり語りたがらない頼朝がイメージされてしまうのだ。

そこで、佐藤義清(西行)が登場する。

彼が清盛の物語の語り手になれば、文学的才能にもマッチするし、

ドラマ全体が叙事詩的な色合いを帯びてきて、面白いと想うのだが。

(捨身 CX5二代目)

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コメント

おっしゃる通りですね。
西行が語り手ならぴったりでした。
中井貴一の忠盛は武家の棟梁を行き届いた演技で見せてくれて、なかなかいいと思います。
「王家の犬」云々は現代的解釈と思いますが、「殿上闇討ち」はこなれたドラマ展開でした。

投稿: 振り子 | 2012年1月31日 (火) 10時48分

一昨日は失礼しました。
「殿上闇討ち」に至って、やっと視られるようになったかな…という感じです。
「王家云々」は製作サイドがちゃんと説明するべきなんだけど、些か専門的で難しいですかね…
OM1いい買い物でよかったです。当方もいろいろ思い出して、一寸欲しくなりました。

投稿: kansuke | 2012年1月31日 (火) 23時49分

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