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2012年3月 5日 (月)

「平清盛」を視る(11)

B12030401

放蕩を尽くす若き日の雅仁親王(後白河院)を描いたのは、

言うまでもなく、大河では初めてだ。

後に頼朝から「日本国第一の大天狗」と評されたよりも、

こっちのほうが、実相に近いかもしれないな。

信西も「和漢の間比類少なき暗主」と慨嘆したと云うしね…

ついでながら、今回の大河、双六(中世の博打)が、

重要な小道具として、度々登場するが、

ドラマのキーワード的な意味(あるいは象徴的な)

を持たせているように見える。

それは「遊びをせんとや…」の連想なのか、それとも、

人生の、運命の皮肉といった意味合いなのだろうか。

まぁ、筆者としては、中世世界の博打とは、

人知を超えたものからのメッセージ、つまり「神意」と、

捉えられていたから、そっちのほうのニュアンスを採りたいけれど…

(捨身 CX5二代目)

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