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2012年3月27日 (火)

多摩の旧家

B12032601

B12032602

多摩歴史ミュージアムでやっている特別展、

「聖地をめぐる行者と庶民」(3/17~5/27)を覘いてみたら、

想わぬ史実を知ることに。

多摩地域の中世から近世にかけての民間信仰の実態を、

紹介する展示なのだが、かつて、大判捨身サークルで知り合った、

K翁の家系のことが大きく採り上げられていたのだ。

地元の旧家で、素封家であることは聞いていたけど、

江戸中期に「六十六部」という廻国聖(鉦叩きに似る)を出し、

伊勢、大山、御岳、庚申、富士、修験道(根来系)の、

各講中の出先機関にもなっていたとは、一寸した驚きだった。

代々の当主は極めて敬虔で、

宗教指導者的な役割を担っていたらしい。

今回の特別展に、多くの史料を提供されており、

(各種護符、三尊仏、神像、行者交名、伊勢暦等々)

どうも、家系はかなり古く、軽く中世へ遡るようだ。

「将軍」(鎌倉将軍、おそらく頼朝だろう)が在所を訪れ、

示した地に生えたイチョウを屋号にしたと云う伝承があり、

(屋敷地跡は山寄りにあり、現状は畑地、現宅は近くに移転)

鎌倉鶴岡八幡宮と同じ「鶴丸」を紋所に用いるところからも、

何らかの因縁が感じられる。

展示では、同家の集落の中での立場、生業は、

はっきりしないとするが、宗教者的な系譜を持つ、

非農業民の匂いが漂うのは否めないと思う。

(捨身 CX5二代目)

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