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2012年4月10日 (火)

観桜 2012 (3)

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三年ぶりに高幡不動へ寄って来た。

あらためて、当寺の由緒を鑑みるに、

起源は背後の丘陵上(百草園の隣の尾根だ)に建立された、

一宇の不動堂と云う(高尾山の始まりも、同様な薬師堂)

おそらく、修験者の集まる道場だったのだろう。

その後、建武二年(1335)八月四日夜の大風により、

倒壊してしまい、現在の麓の場所に再建されて、

室町、戦国期には、大伽藍を擁するようになった。

当然、広く勧進を募ったはずで、

鎌倉の関東公方や関東管領上杉氏(武蔵国守護を兼ねた)が、

最大の寄進者だったと考えられる。

ついでながら、建武二年の大風だけど、

百草園の真慈悲寺も倒壊し、廃絶したとする説がある。

筆者は、これに必ずしも同調しないが、

両者が地勢的に極めて似通った立地なのは確かだと思う。

(捨身 CX5二代目)

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