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2012年5月10日 (木)

「平清盛」を視る(22)

B12051001

為義の八男、鎮西八郎為朝が登場した。

コスチュームが、ことさらに異形をてらった感じだけど、

気になったところを一つ挙げれば、

目鼻口を除いて、頬額を覆う面具、「半首」

(はっぶり=はつぶり=はつむり)を着用していることだ。

(海賊の棟梁「兎丸」も着けている)

室町戦国期に流行した「頬当」は多数現存するが、

平安鎌倉期に使用された「半首」は殆ど残っておらず、

絵画史料(下・東博の平治物語絵巻より)で窺えるのみだ。

これも、大河初めてなのでプラスポイントとしよう。

ついでながら「七人の侍」の菊千代も身に着けていた。

B12051002

(捨身 CX5二代目)

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歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

為朝は、保元物語では、身の丈7〜8尺の大男で、鬼神、天狗の如しと言われていますね。誰も鎮められない。伊豆に流された後も乱暴は収まらなかったと。さらに琉球王朝正史の中山世鑑には、流れ着いて琉球王朝の祖となったという伝承が書かれていていますね。奥州でも、松浦党でも、琉球でも、まれびとの貴種流離譚があって、それが自分たちの祖先だと言っているわけですね。

投稿: 振り子 | 2012年5月10日 (木) 23時36分

どんな為朝像をつくるのかと想っていたら、異形をイメージした感じになりましたね。とんでもない力を持つ異形の者が先祖であると云うのは、平家物語の、大蛇を親に持つ豊後の緒方一族の話を思い出しました。

投稿: kansuke | 2012年5月12日 (土) 01時31分

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