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2012年5月17日 (木)

「平清盛」を視る(23)

B12051701

今回の「宇治の悪左府」頼長は、自身の日記「台記」の記述に、

ほぼ沿った、描き方がされている。

例えば、重陽の節句の宴で「菊酒」を飲まない場面があったけど、

「台記」にあるとおりで、「長命を好まざるにより」なのだ。

まぁ、ある種の「自殺願望」とも、とられなくもない。

保元の乱(1156)の前年、久寿二年八月二十六日の条にも、

藤原氏の氏神、奈良の春日若宮の託宣に、

自分の寿命が「四十一、二に達し難し」とあったと殊更に記す。

果たして、彼は三十七歳にして、この乱で命を失うことになる。

彼の、若い晩年の暗さは払いようもないが、

何らかの、予感めいたものがあったのだろうか。

保元の乱の放送は27日だそうだ。

(捨身 CX5二代目)

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