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2012年6月25日 (月)

「平清盛」を視る(30)

B12062501

悪左府頼長と同様、信西入道の人物像を丁寧に描いている。

平治物語が語る、信西が現した不思議譚である。

鳥羽院の供で赴いた熊野で、とある渡来層と遭遇、

宋語で見事な問答を交わし、生身の観音と拝されるのだ。

信西が語学に優れていたのは、元々が学者出身なので、

いつの日か遣唐使の復活を期待し、日頃、学習していたからと云う。

十分あり得る話で、劇中、その実現を彼の政治目的としたのも、

無理はないだろう。

深更に及んで、一心不乱に算木をとる信西の姿に、

側に控える師光(西光)が手を合わせるシーンがあったけど、

中世世界では、人並み優れた才能を持つ人を、

神仏の化身と観たから、そんな気分がよく出ていた。

(捨身 二代目CX5)

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