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2012年6月の記事

2012年6月30日 (土)

コトダマが見えた?

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ここにきて、鼻炎とクシャミ、頭痛だ。

何か原因となるアレルゲンか、それとも夏風邪なのか。

堪らずバス停で、続けて三度、クシャミをしたら、

はくしょんはくしょん…はくしょんはくしょん…はくしょんはくしょん…

(最初の「はくしょん」の終りと次の頭が三分の一ぐらい重なる)と、

向かいの谷へコダマして、注目を集めてしまった(いと恥づかし…)

こんなに見事にコダマするとは、余程空気が澄んでいたのだな。

マスクもして、口を押さえたにも関わらず、

この時、飛び出した「はくしょん」は、黒き毬の如くであり、

虚空を飛び回るようにも感じられたから、不思議である。

所謂、コトダマ=言霊とは、こんなものを云うのであろう。

一旦、迷い出たコトダマは、パワーに溢れ、制御不能だ。

畏れられ、祀られたわけがよく理解出来た。

(捨身 ライツミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPXT400)

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2012年6月29日 (金)

「死者の書」を観る(2)

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川本喜八郎氏の人形アニメ「死者の書」(2005)の原作は、

いうまでもなく、折口信夫の「死者の書」(1943)である。

まぁ、読み難いことで、途中で放り出す人も多いようだ。

筆者の場合、時々読んでは、また想い出すといった感じで、

少し時間をおいて見ると、折口民俗学ワールドの縮図というか、

集大成の観が浮かび上がってくる。

所謂、当麻寺の中将姫説話と、

無実の罪で非業の死を遂げた大津皇子の亡霊譚なのだけど、

此処では、あまり粗筋を紹介しても意味はあるまい。

まずは、川本ワールドを通して愉しみ、その後、徐に、

原作を読むとしよう。

筆者は中公文庫版を読んだが、先程、Amazonにて、

岩波文庫版を入手した。

こちらは続編の第一稿と第二稿が所収され、注解も付く。

続編の主人公のモデルが悪左府頼長と聞けば、

成る程ねと、ますます頷かされるわけだ。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月28日 (木)

梅雨の晴れ間(2)

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この二日の、梅雨の晴れ間は貴重である。

今日もCLと同行二人、高幡不動界隈を歩く。

此処も、あじさい祀りと点茶の接待、抹茶が美味い時候哉。

あじさいのバックは、当地、百草尾根出土の「文永の板碑」だ。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月27日 (水)

梅雨の晴れ間(1)

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梅雨に晴れ間、TX400を詰めたCLを持って、

府中郷土の森へ行って来た。

ちょうど「あじさいまつり」の最中だったが、ピーカンの光は、

あじさい撮りに、甚だ適さないのは明らかである。

やはり、曇りや雨中の闇が似合うのだ。

そこで、時季の風物との、組み合わせの妙を狙ってみる。

ミュージアムショップにて、

「ふるさと府中文化財めぐりマップ」を購入するに@\100也。

これを駆使して、府内探索を試みるつもりだ。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月26日 (火)

「死者の書」を観る(1)

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渋谷にオープンした川本喜八郎人形ギャラリーを観てから、

思い立って、Amazonで、観そこなっていた「死者の書」(2007)を、

取り寄せ、鑑賞することにした。

続いて、作品集DVDが届き、そっちはこれから観る。

その中に収められた「不射之射」(1988)を、

是非、もう一度観たいのだ。

今日は「国宝神護寺三像とは何か」(黒田日出男著 角川選書)

も届くし、少々忙しくなった。

そこで、今宵は暫時、失礼いたし、

其々の言いたい事は、後ほどということで、ご容赦を…

(捨身 CX5二代目)

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2012年6月25日 (月)

「平清盛」を視る(30)

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悪左府頼長と同様、信西入道の人物像を丁寧に描いている。

平治物語が語る、信西が現した不思議譚である。

鳥羽院の供で赴いた熊野で、とある渡来層と遭遇、

宋語で見事な問答を交わし、生身の観音と拝されるのだ。

信西が語学に優れていたのは、元々が学者出身なので、

いつの日か遣唐使の復活を期待し、日頃、学習していたからと云う。

十分あり得る話で、劇中、その実現を彼の政治目的としたのも、

無理はないだろう。

深更に及んで、一心不乱に算木をとる信西の姿に、

側に控える師光(西光)が手を合わせるシーンがあったけど、

中世世界では、人並み優れた才能を持つ人を、

神仏の化身と観たから、そんな気分がよく出ていた。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月22日 (金)

「平清盛」を視る(29)

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今年の大河は、50周年ということもあるけれど、

随分と大盤振る舞いだなと、呆気にとられることが多い。

冒頭の唐船だけじゃなく、中世世界の習俗の再現が続出して居る。

今回は相撲節会

(すまいせちえ…某業界の運動成果ではあるまいな)と、

宋時代の点茶法(抹茶作法)の再現ときた。

茶は、既に平安初期には入っていたし、

この時代、日宋貿易の繁栄で、「唐物」として、

博多辺りで流行っていてもおかしくない。

団茶と云う(今でも、プーアル茶なんかである)固形茶を削って、

粉末にし、湯を注いで、茶筅で点てる、抹茶の起源だが、

宗時代に始まり、大流行していたらしい。

しかも、同時代に作られだした「天目茶碗」を使う、

(専用の茶台、天目台も)周到さだったので、プラスポイントとしよう。

でも、考証担当のスタッフさんは大変だろうな。お疲れ様です。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月18日 (月)

「平清盛」を視る(28)

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さて、悪左府頼長も往ってしまったので、これからは、

平治の乱へ向けて、信西入道に脚光が当たることになる。

算木で計算に励むシーンが出てきたが、

愚管抄に拠ると、信西はこの算木を用いて、内裏再建計画を、

綿密に見積もり、たちどころにやってのけたと云う。

出家前は少納言に過ぎなかった彼は、後白河の即位ともに、

その才と乳母の夫の立場を利して、政治の実権を握る。

此の時期の朝廷は実質、信西政権だったとする説もあるくらいだ。

もとより、現職の摂関や大臣でなく、只管自らの才能と、

トップや実力者(清盛)との個人的な関係に頼る、

一種の側近政治だったから、ある意味の脆弱さは否めない。

(実際、後白河院は気持の移ろい易い性格だったと想われる)

まぁ、今回の信西、「新平家」の小沢栄太郎に比べ、

悪役ぶりがいまひとつで(よく、涙なんかみせる)

どうしても憎めないキャラになったけど、

とりあえず、悲劇的な結末となる、平治の乱の回を注目しよう。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月16日 (土)

武蔵府中残影(5)

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自分は今、一体何処に居るのだろう、と想うことがある。

(捨身 二代目ライツ・ミノルタCL ビオゴン28㎜F2.8ZM SPG400)

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2012年6月15日 (金)

武蔵府中残影(4)

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この春、百草の尾根で撮る。

やはり此の場所は、ただならぬ何かを内包しているとしか、

想えないのだ。

今年は武蔵府中を彷徨し続けよう。

(捨身 二代目ライツ・ミノルタCL ビオゴン28㎜F2.8ZM SPG400)

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2012年6月11日 (月)

「平清盛」を視る(27)

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泣く泣く、叔父忠正と子息たちを斬る清盛という、

筋立てだけど、実際のところは諸説あって、

一族内の邪魔な分子を、この際、片付けたとも。

それはさて置き、この時代の処刑される人々の装束が気になった。

作法があったはずだが、近世の武士みたいに詳らかではない。

ドラマでは「色」(いろ)と呼ばれる、「鈍色」(にびいろ=鼠色)の

狩衣を着ていた。喪服である。

庶民ではなく、ある程度の身分なので、そうなったのだろう。

典拠は何処だろうか。筆者が今、思い当たるのは平家物語だが。

(捨身 二代目CX5)

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2012年6月10日 (日)

武蔵府中残影(3)

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大國魂神社、本殿裏手にある大銀杏は樹齢800~900年だそうだ。

だとすれば、中世真っ只中の、

武蔵府中の賑わいを知っているわけだ。

やはり、どうしても鎌倉、鶴岡八幡宮の、

あの大銀杏を思い出さずにはいられない。

こちらの大銀杏の安泰を願うばかり哉。

(捨身 三代目ライツミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPX400)

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2012年6月 9日 (土)

武蔵府中残影(2)

B12060901

武蔵府中と鎌倉は要路で密接に繋がっていた。

ある意味、両者の興亡は相互に依存していたと言えるだろう。

百草の山を左手に観て、関を超え、多摩川(関戸渡し)を渡ると、

府中(府内)に入る。この辺り、分倍河原は要地となったから、

中世を通じて、二つの大きな合戦が起こらざるを得なかった。

新田義貞の鎌倉攻めの際の戦、

下って、室町中期、享徳の乱の際の戦。

もとより、ともに鎌倉の攻防を巡るものだ。

特に享徳の乱では、関東公方足利成氏は終に、

鎌倉を放棄するに至り、古河へ落去する。

爾来、武蔵府中は鎌倉と一緒に衰亡したのだと想う。

要路の命脈も絶たれたわけだ。

(捨身 三代目ライツミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPX400)

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2012年6月 7日 (木)

武蔵府中残影(1)

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三代目ライツミノルタCLの試写が上がってきた。

武蔵府中が武蔵国(現東京都、埼玉県、神奈川県東部)の、

中心地として機能したのは、8世紀初頭、和銅年間より、

室町中期、15世紀後半、享徳の乱前後までと考えられる。

古代から中世、およそ七百年…

つい百年の、近現代の事情なんか、お話にならない。

此処の地下には、その全てが眠っているわけだ。

そんなことを想えば、府中は、実に面白い所なのだ。

(捨身 三代目ライツミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPX400)

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2012年6月 6日 (水)

武蔵府中でチャーハン

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武蔵府中で降り、渋谷中古カメラ市で入手したばかりの、

三代目ライツミノルタCLの試写、大國魂神社界隈で一本費やす。

レンズも同時新調した、Mロッコール40㎜F2だ。

……………

参道中程の、例の昭和レトロ食堂にて、

今日はチャーハンを頼んでみた。

去年夏以来、冷し中華カツ丼と、懐かしの味哉。

……………

薄暗い社叢林で、今年最初の薮蚊の総攻撃に遭いつつ、

復路は郷土の森博物館まで足を伸ばして、

「武蔵府中の板碑 -石に刻まれた中世-」(~7/1)を観る。

(捨身 CX5二代目)

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2012年6月 5日 (火)

フィルムカメラを持って…(4)

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渋谷中古カメラ市で「結縁」したというのは、

三代目のライツミノルタCLなのである。

35年以上経った古いフィルムカメラを実働状態に保っていくのは、

実は容易なことでない。絶えず何らかの問題が生じる。

(今回は、シャッター幕にカビがきていた!)

でも、今、このカメラが一番性に合っているのだから、

使い続けていきたいのだ。

市場で、より状態の良いCLを見つけると、

出来るだけ入手し、手元のものと交換することにしている。

三代目はシリアルナンバーが新しく、

ファインダーはずっとクリアー、メーターのレスポンスも頗る宜しい。

外観は軍艦部に微細な凹みがあるだけだ。

CLの金属ボディーが薄く脆弱なのは、大きな欠点だが、

これは止むを得ない。気をつけて使うしかないだろう。

(捨身 ライツミノルタCL ビオゴン28㎜F2.8ZM SPG400)

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2012年6月 4日 (月)

「平清盛」を視る(26)

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宇治の悪左府頼長の最後を描く。

保元の乱で流れ矢に当たり、瀕死の傷を負った頼長は、

縁者のいる南都(奈良)へ落ち延びた。

しかし、藤原摂関家を守ろうとする、父忠実からも見捨てられ、

力尽きる(ドラマでは自害説を採るが、矢傷がもとで死亡したとも)

今回の頼長、自身の日記「台記」の記述を丁寧になぞり、

人物像に迫る努力が窺われた。山本耕史の好演も入れて、

プラスポイントとしよう。

子を見捨てた忠実、表の政治の顔だけでなく、やはり人の親、

頼長の飼っていた鸚鵡が息絶えるのを見て、

慟哭するシーンを創ったのは救いだったかも。

(捨身 CX5二代目)

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