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2012年7月16日 (月)

「平清盛」を視る(34)

B12071501

平治の乱で囚われた頼朝は、死一等を減じられ、伊豆へ流される。

清盛の継母、池の禅尼の助命嘆願があったと云うが、

やはり、それだけではあるまい。

(源氏とは対照的な、平氏の人間性をこの辺から感じ取る人もいる)

いろいろな、「特別な」事情があったと想う。

でも、この数奇な、彼の運命は、平氏にとって決定的だった。

後の頼朝が、敵対者の子の処分に仮借が無かったのは、

よく知られる。決して、清盛の轍を踏むことはなかった。

だから、ドラマのように、もし、清盛とのことを聞いたとすれば、

どうしても、その経緯を語りたがらない頼朝の姿が、

イメージされてしまうのだ。

(捨身 二代目CX5)

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