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2012年9月23日 (日)

「平清盛」を視る(44)

B12092201

この頃、何かと登場が多い、比叡山のトップ、天台座主・明雲僧正。

愚管抄などで、武士のように殺生を好んだとして、

批判の多い人なのだけど、まぁ、型破りな天台座主だったらしい。

これから、ドラマでは、

島流しやら、身柄奪還やらと、お騒がせな役柄となる。

もとより、これほど彼を描いたのは、大河初めてだ。

平家物語によれば、

寿永二年(1183)義仲の後白河院御所、法住寺攻めで、

明雲は、何故か現場に居合わせ、討ち取られてしまう。

義仲は「こんなもの」と、その首を打ち捨てている。

最後まで、前代未聞だったわけだ。

(捨身 二代目CX5)

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