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2012年9月の記事

2012年9月30日 (日)

TRI-X テスト撮影(2)

B12092901

修復工事中の高幡不動・不動堂にて。

此処は、多摩では数少ない中世建築が観られるスポットだ。

室町後期建立の、仁王門と不動堂は重文指定になっている。

当寺は真言宗智山派に属し、同じく豊山派ともに、

院政期に高野山から分派した、紀州根来寺系である。

東国には、高尾山、川崎大師、成田山と同派の有力な寺院が多い。

いずれも、今も庶民信仰で人気が高いところばかりだ。

是には、深い理由があるのではないか。

これらの寺々が興隆したのは、中世後期、戦国期からだ。

この時代に、根来寺を本拠とする、修験者や高野聖、

あるいは、高度な鉄砲の技術を持つ、根来衆と呼ばれた、

僧兵たちが、盛んに歩き回った跡とも想えるのだ。

後に、根来寺は秀吉と対立し、全山焼き討ちに遭う。

その際、衆徒たちに手を差し伸べたのが家康だった。

爾後、根来衆は徳川配下に加わり、江戸期は、百人組として、

甲州街道沿いに配置される。関東の根来寺系の諸寺も、

徳川家の篤い庇護を受けたと考えられよう。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 TX400)

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2012年9月29日 (土)

熟読書

B12092801

此のところ、かみ締めるようにして、熟読している書がある。

「河原ノ者・非人・秀吉」

(服部英雄著 2012/4 山川出版社)

中世世界の被差別民の様々な実相を、

実証的な論考で纏めた大著で、引き込まれ続けている。

まず、本書では、

非人とは、基本は乞食を生業とする人々だが、

主体になっていたのは、ライ病者(ハンセン病)だったとする。

東博で観た一遍上人絵伝(一遍聖絵)を想い出した。

主要な街道沿いの、大きな社寺の門前には、

必ず、大勢の乞食たちの姿が描かれていた。

彼らは「かたい」または「かったい」とも呼ばれる。

それは、ライ病者を差す言葉でもあったのだ。

(捨身 CX5 2011.8/27 東博にて)

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2012年9月27日 (木)

TRI-X テスト撮影(1)

B12092601

この夏、奈良往きの前に、TRI-X400を詰めたCLで、

テスト撮影をしていた。

撮影地は、府中の郷土の森と高幡不動である。

……………

此処に至って、またぞろ、

国産銀塩フィルムの供給が急を告げてきたと聞くが、

本当なのだろうか。

あれこれ考えても、当面致し方無し。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 TX400)

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2012年9月24日 (月)

「平清盛」を視る(45)

B12092301

史上有名な「殿下乗合事件」(1170)を描く、が、

現在まで知られている史実と違う筋立てになっている。

どちらかと言えば、平家物語の創作に近い。

清盛の意を酌んだ時忠の手の者が報復を実行、

あくまでも、重盛は律儀な良識人のままなのだ。

(各説とも、この事件の報復を命じたのは重盛本人である)

どうして、敢えて史実を曲げたのか、その辻褄合わせは、

今後のドラマ展開の中で視ていくしかないだろう。

理由の如何を問わず、今回はマイナスポイントとするしかない。

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月23日 (日)

「平清盛」を視る(44)

B12092201

この頃、何かと登場が多い、比叡山のトップ、天台座主・明雲僧正。

愚管抄などで、武士のように殺生を好んだとして、

批判の多い人なのだけど、まぁ、型破りな天台座主だったらしい。

これから、ドラマでは、

島流しやら、身柄奪還やらと、お騒がせな役柄となる。

もとより、これほど彼を描いたのは、大河初めてだ。

平家物語によれば、

寿永二年(1183)義仲の後白河院御所、法住寺攻めで、

明雲は、何故か現場に居合わせ、討ち取られてしまう。

義仲は「こんなもの」と、その首を打ち捨てている。

最後まで、前代未聞だったわけだ。

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月21日 (金)

武蔵・府中の敵を南都・奈良で討つ

B12092001

今夏の奈良博では、一寸した僥倖があった。

平常展のスペースで、

東京都・青蓮寺経塚=仁王塚(日野市百草)出土の、

金銅製経筒二基(重美指定 長寛元年=1163の銘あり)

を見つけたのだ。

あの百草尾根の経塚から、江戸中期に掘り出され、

収集家の手を転々として、奈良博収蔵に至ったものらしい。

云ってみれば、

…武蔵・府中の敵を南都・奈良で討つ…

実に妙な因縁哉。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 TX400)

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2012年9月17日 (月)

日々の写真 9/16

B12091603

昼過ぎ、多摩・丘の上の病院から、麻布十番へ直行する。

恒例となった、

東京8x10組合連合会主催の、

「8x10カメラな仲間たち写真展」(9/15~23 元麻布ギャラリー)

を観るためである。

出展者の皆さんと、久しぶりの歓談を愉しむ。

今日の三枚目は、

作品を前にした振り子さんと、ちょうど来場された、

女流義太夫三味線方の鶴澤寛也(かんや)さんとの、

ツーショットにしてみた。

もとより、麗しき御方哉。

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月16日 (日)

東に還る

B12091501

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B12091503

この夏、たった五時間の南都(奈良)探索だったけど、

まだ、春日の杜を彷徨っている気分が抜けないで居る。

「心は身にも添わずなりにき」とは、此の事か。

さしあたり、車窓夕日を浴びながら、東に還る。

夕闇迫り、遥か琵琶湖の湖水を認めた。

新幹線から観える古城では、

近江「佐和山城」か、駿河「興国寺城」が一興であろうな。

いずれも、あっという間に過ぎ去ってしまうが…

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月14日 (金)

春日の杜へ(17)

B12091301

そろそろ、今回の奈良行きを締めくくろう。

第一目的だった奈良博特別展の神護寺・伝頼朝像を含め、

春日大社と、一寸した中世信仰世界の逍遥になった。

さて、さらなる探索は如何?

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPXT400)

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2012年9月13日 (木)

春日の杜へ(16)

B12091201

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B12091203

広大な春日大社の神域は、古代からの神体山である御蓋山の、

山裾に広がり、春日野と呼ばれる。一帯の原生林も世界遺産だ。

この神域全体を「浄土」と見做し、

夫々の社殿に本地仏を配した絵図を「春日宮曼荼羅」と称する。

鎌倉から室町期にかけて流行し、

遠隔地の信者が礼拝するのに使われた。

絵図を観て、現在の景観と比べるのも一興だろう。

やはり、中世世界のお約束事通り、

「浄土」と云うからには、対になる「地獄」が気になる。

参道の、一の鳥居と二の鳥居の中間点に、

「六道」と呼ぶ場所があった。

小河川と橋が架かり、あの世とこの世の境界地とされて、

「地獄」への入り口があったらしい。

(現在でも、その様な痕跡が認められる)

あの美しい春日野の地下は「地獄」だったわけだ。

(捨身 Canon S100)

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2012年9月12日 (水)

春日の杜へ(15)

B12091101

全国には千を数える、春日大社の末社があると云う。

でも、それらの全てが、

前述の、四柱の神を正しく祭神としているわけではなさそうだ。

東大寺や興福寺配下の、大衆、非人、芸能民が集住する、

北山宿が在った奈良坂、奈良豆比古(ならつひこ)神社の祭神、

志貴皇子(春日宮天皇)の子、「春日王」は、

貴種たるライ者(ハンセン病)だったと伝わる。

社名も、往古は「春日社」と称していた…

こんな例は各地にあるのではないか。

因みに、奈良豆比古神社は、古様な「翁舞」で知られている。

様々な意味で、これはキーワードとなり得るかもしれない。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 TX400)

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2012年9月11日 (火)

春日の杜へ(14)

B12091001

春日大社の社殿は大宮と呼ばれ、

美しい楼門と回廊に囲まれた外側の区域、

そして、さらに瑞垣と回廊に囲まれた、内院の本殿からなる。

現在、内院は入ることが出来ないが、向かって右から、

一の御殿、二の御殿、三の御殿、四の御殿という構成で、

本殿が並び建つ。

一宮が常陸の鹿島社、

二宮が下総の香取社、

三宮が河内の枚岡社、

四宮が上記三つの宮に相住んでいた姫神、

と云われ、夫々の本地仏は、

後白河院政期、承安五年(1175)の院宣に拠ると、

一宮、不空絹索観音、

二宮、薬師如来、

三宮、地蔵菩薩、

四宮、十一面観音、

と報告されている。

上は「捻廊」(ねじろう)と称する、内院へ架かる斜め構造の廊下。

この扉の向こうに大明神が御すわけだ。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mrロッコール40㎜F2 SPXT400)

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2012年9月10日 (月)

「平清盛」を視る(43)

B12090901

中世人にとって、人生の上がりの理想型とは、出家、入道であろう。

だから、その姿は、出来うる限り、様になっていなければならない。

つまり、入道姿は常にカッコよくである。

そんなわけだか知らぬが、歴代の大河主人公は、

地毛を剃って、入道姿に臨む例が多かった。

もとより、その方が断然違和感がない。

今回もそうなったようだ。プラスポイントとしよう。

ついでながら、この頃、入道姿に魅かれるようになってしまった。

これって、今の世が中世世界と同じように、末である証しなのかも。

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月 9日 (日)

春日の杜へ(13)

B12090801

広大な神域には、若宮はもとより、

大小六十一社と云う、摂社、末社が点在する。

その多くは春日験記絵巻に描かれた当時(上)とほぼ変わらない、

「見世棚造」と呼ぶ、きわめて小さな社殿に用いられる様式だ。

大宮回廊内、後側に並ぶ社群の佇まい。

風雷を掌る神々の中に、電気関係業界の崇拝を集める社あり。

見覚えのある「社名」を見つけて、再び現世に引き戻された。

B12090802

B12090803

B12090804

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月 8日 (土)

春日の杜へ(12)

B12090701

今回はごく一部だが、テスト用のTR-Xでも撮影している。

なかなか、郷愁を呼ぶような、好ましい写りになった。

前掲のネガカラーと比べてみると興味深い。

どっちも捨て難いな。

それに、奈良はやっぱりいい…

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 TX400)

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2012年9月 7日 (金)

春日の杜へ(11)

B12090601

春日験記絵巻に描かれた若宮(14世紀頃)の様子と現状を観る。

(大明神の託宣により、今様を所望された童子が社頭で謡う)

若宮は疫病飢饉が続く、十世紀初頭に成立、

長承四年(1135)現在地に若宮御殿が設けられ、

翌、保延二年に「若宮おん祭」が始まったとされる。

ちょうど「清盛の時代」も始まろうとしていた。

(当時、十九歳の清盛は中務大輔に任じられる)

若宮の示現は御霊信仰の流行と密接に関わる。

やはり「荒ぶる」神、また、芸能を好む神でもあった。

B12090602

(捨身 上二代目CX5 下S100)

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2012年9月 6日 (木)

春日の杜へ(10)

B12090501

「林檎の庭」(9/1投稿)の右側にそそり立つのが「大杉」だ。

推定樹齢800~1000年と云い、彼の春日験記絵巻にも、

幼木の姿で描かれる。

春日の神は樹木を大事にされた。

験記絵巻では、しばしば、樹勢旺盛な松の大木が象徴となり、

樹上に神が示現した。

中世人は、時ならぬ春日の杜の紅葉や落葉も、

世の凶事を示す神意と解したのだ。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPXT400)

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2012年9月 5日 (水)

春日の杜へ(9)

B12090401

春日の大明神も浄闇を好まれたようだ。

参道の石灯籠二千基、大宮回廊の釣灯篭千基と云うのも、

近世まで日没後の参詣や参籠が多かったからだ。

かつて参籠の場であった回廊に佇むと、

不意に、中世世界へ惹き込まれるような感覚に襲われた。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPXT400)

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2012年9月 3日 (月)

「平清盛」を視る(42)

B12090201

今回はドラマの冒頭を視ていない人のための、

あらすじ紹介のようになってしまった。

突然の病に倒れる清盛の夢の中に、

実母の白拍子や「実父の」白河院が登場し、曰く因縁を語る…

まぁ、それはそれとして、気になった装束の話題にしよう。

熊野詣の赴く、後白河院一行は「浄衣」(じょうえ)を着ている。

神事や祭礼、寺社参詣に用いる、白い清浄な狩衣のことだ。

 (平家物語巻三の「医師問答」に重盛の熊野詣の挿話あり。

  重盛の子息たちが河で水遊びをして、着ている浄衣を濡らし、

  其の色が、下地が透けて「色」=喪服のように見えたと云う)

例によって、細部まで考証が行き届いているので、

プラスポイントとする。

(捨身 二代目CX5)

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2012年9月 1日 (土)

春日の杜へ(8)

B12083101

美しい回廊に囲まれた本殿の前庭を「林檎の庭」と呼ぶ。

是は林檎の木が植えられていることに因る(左側)

神楽、舞楽、御田植舞などの芸能の舞台になる。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 SPXT400)

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