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2012年9月30日 (日)

TRI-X テスト撮影(2)

B12092901

修復工事中の高幡不動・不動堂にて。

此処は、多摩では数少ない中世建築が観られるスポットだ。

室町後期建立の、仁王門と不動堂は重文指定になっている。

当寺は真言宗智山派に属し、同じく豊山派ともに、

院政期に高野山から分派した、紀州根来寺系である。

東国には、高尾山、川崎大師、成田山と同派の有力な寺院が多い。

いずれも、今も庶民信仰で人気が高いところばかりだ。

是には、深い理由があるのではないか。

これらの寺々が興隆したのは、中世後期、戦国期からだ。

この時代に、根来寺を本拠とする、修験者や高野聖、

あるいは、高度な鉄砲の技術を持つ、根来衆と呼ばれた、

僧兵たちが、盛んに歩き回った跡とも想えるのだ。

後に、根来寺は秀吉と対立し、全山焼き討ちに遭う。

その際、衆徒たちに手を差し伸べたのが家康だった。

爾後、根来衆は徳川配下に加わり、江戸期は、百人組として、

甲州街道沿いに配置される。関東の根来寺系の諸寺も、

徳川家の篤い庇護を受けたと考えられよう。

(捨身 ライツ・ミノルタCL Mロッコール40㎜F2 TX400)

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コメント

関東にそんなに根来系の寺があるのですか。たしか根来衆は新宿区原町(以前住んだことがあります)の街道筋にも江戸城防備のため配置させていたです。そこから江戸城大手門の百人組の組屋敷の勤番に出ていた。大久保通りって甲州街道に繋がるんでしたっけ。

投稿: 振り子 | 2012年9月30日 (日) 00時19分

奥州街道は家康が江戸入府とともに、真っ先に整備されたようですね。武田旧臣の大久保長安に八王子宿を新設させています。他の街道が整備されまでは、江戸城にとって、最重要な街道だったから、鉄砲隊が重点的に配備されたのかもしれません。関東に根来系の寺が多く立地した裏には、戦国期の小田原北条氏の動きも感じられるのですが。

投稿: kansuke | 2012年9月30日 (日) 22時17分

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