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2012年10月18日 (木)

中世山城のイメージ(1)

B12101701

八王子城を観てから、

実際の、中世山城のイメージを探ってみたくなった。

殆ど無いとされる、絵画史料だけど、

意外なところに手懸りがあった。

やはり、あの「上杉本・洛中洛外図屏風」である。

まぁ、それにしても、此の屏風の史料性は大したものだ。

これだけで、論文が何本書けるのやら、想像もつかない…

さて、問題の場面だが、応仁の乱以来、京市中、至る所に、

城と変わらない、軍事施設が造られていたのだ。

屏風が描かれた、天文、永禄年間(1532~69/

  八王子城が存在した、天正年間とほぼ同時代)でも、

状況は同じだったはずだ。

(上)水路を兼ねた堀、板葺、草葺の建物を廻る高い土塀、

櫓と門が認められる。土塀は火矢を防ぎ、防火性がある。

2007年の大河「風林火山」で勘助が、山城築城の際に、

板壁に土を塗ることを勧めるシーンがあったが、その通りだ。

さらに、右端に堀を跨いで、土塀と二本柱の木戸がある。

これも、八王子城内各所で見つかったものを想わせる。

(下)同様な防御施設を内側から俯瞰した場面だ。

土塀上に構えられた櫓の構造がよく判る。

弓矢が立て掛けられ、常に人員が配置されていたようだ。

窓みたいのは、開閉式の狭間(弓鉄砲用の銃眼)かもしれぬ。

おそらく、こういった類の施設や建物が、各地の山城に、

構えられていたと想定しても、いいのではないか。

B12101702

(捨身 二代目CX5)

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