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2012年10月19日 (金)

中世山城のイメージ(2)

B12101801

中世山城の実相を、かなりの確度で描いた絵図を見つけた。

「越後国瀬波郡絵図」(重文 米沢市上杉博物館)

図中左上に「村上ようがい」とあるのは、

越後・村上城(本庄城 現新潟県村上市岩船郡)である。

太閤検地により、作成された「郡郷絵図」と考えられ、

田地の石高、人数、街道、社寺、郡界などを図上に示したものだ。

製作年代も、慶長二年(1597 八王子城の天正年間より少し後)と、

正確に判明している。

奇しくも、「上杉本・洛中洛外図屏風」と同じ、

越後の旧領主だった米沢上杉家に伝来した。

中世末期、戦国時代の村落絵図の希少な現存例で、

しかも、山城が極めて具体的に描かれているのだ。

山頂には、狭間を穿った土壁(白漆喰か?)と、

木柵で囲まれた、曲輪が四つ(頂上が本丸か?)あり、

櫓、門、板葺(檜皮葺?)の建物群が立ち並ぶ。

山麓にも、木柵に囲まれた、明らかに立派な、

入母屋造の城主居館らしき建物が見える。

八王子城と同様、典型的な「根古屋式中世山城」だ。

もっと下の平地には、草葺屋根の領民の家々が密集し、

街道と思しき道に沿って、「宿」のような様相を呈している。

もう少し後の、近世城下町の萌芽とも言えるだろう。

(捨身 二代目CX5)

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