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2012年10月15日 (月)

「平清盛」を視る(49)

B12101401

これから注目の二人、後白河院近臣の西光と成親。

ともに、平家とは縁の深い立場なのに、次第に反発を懐くに至る。

大きな契機となったのは、

建春門院滋子(院と清盛の関係を取り持っていた)の急死だった。

翌年、二人は平家打倒の陰謀を企んだとして(1177年 鹿ケ谷事件)

処断されてしまう。

この事件、最近では、清盛による、

「でっち上げ」の可能性が指摘されている。様々な意味で、

いかにもタイミングがよすぎると云うのが、その理由だ。

(捨身 二代目CX5)

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