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2012年10月29日 (月)

「平清盛」を視る(52)

B12102801

またぞろ、視聴率、低空飛行とは云うけれど、

其の実、物語のほうは、面白くなってきているのだ。

鹿ケ谷事件で、六波羅へ引っ立てられた西光、清盛の前で居直り、

「あの無頼の、高平太めが!」と吐き捨てるように呟く。

激高した清盛は、散々に痛めつけてから、「五条西の朱雀」で、

斬首を命じる。つまり、五条(東西の大路)と朱雀(南北の大路)

の交差点、都のど真ん中である。

通常は賀茂河原など、都の境界地で行うところだが、

異例の、重罪人扱いだ。余程、憎まれたのか。

平家物語では、天台座主明雲僧正を讒訴した罪は深く、

比叡山の鎮守、山王十禅師権現の神罰が、

たちまち、西光父子へ下ったのだとしている。

当時としては、誰もが、さもありなんと頷く、運命だったのだろう。

(捨身 二代目CX5)

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