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2012年11月22日 (木)

鉢形城へ(2)

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天正十八年(1590秀吉小田原攻めの北国勢は、

前田、上杉、真田、本多ら、北陸信濃の大名たちから成り、

総勢五万と云われた。

三月末、軍勢は碓井峠を越え、関東へ入った。

上野、武蔵の北条方諸城を下しながら、五月初め、

鉢形城を包囲するに至る。

城を守るのは、北条氏邦以下、三千五百である。

氏邦は北条氏康の四男、あの八王子城主・北条氏照の、

直ぐ下の弟にあたる。秀吉小田原攻めに際し、

彼は、籠城策を採る兄たち、氏政、氏照らに、

城外決戦を主張して、本城小田原に拠らず、

自らの居城、鉢形城へ引き籠ったのだ。

この対立が、結果から観れば、氏邦の、後の去就に、

影を落としたと言えなくもない。

(捨身 Canon S100)

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