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2012年11月 5日 (月)

「平清盛」を視る(53)

B12110401

義理の弟である、重盛の顔を立て、成親は備前へ流される。

もとより清盛は、西光と同様、命を奪うと決めていた。

当時、既に、道中で殺されるという噂がもっぱらだったらしい。

平家物語では、身柄を、まず、備前の児島、有木の別所と移し、

ついに、備前と備中の国境、吉備の中山で、殺害されたとする。

酒に毒を入れて勧めたが、効かず、崖下に先を鋭く尖らせた、

木や鉄棒を差し並べ、其処へ突き落とす方法だった。

別に、愚管抄は、七日ほど食事を与えないで、

無理やり強い酒を飲ませたりしたので、まもなく死んだと記す。

ドラマは、それに近い「餓死説」をとった。

いずれにしても、清盛の怒りは、余程深かったと想われる。

翻れば、頼朝だって(殺せたはずだ)…含むところは大きい。

(捨身 二代目CX5)

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