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2012年11月11日 (日)

「平清盛」を視る(54)

B12111001

此処に来て、ドラマの展開に気がかりなことがある。

特に、前回を視て、これはと思うようになったので、

今週の回の前に一言書く。

まず、平家物語の筋をなぞるようになってきたこと。

鹿ケ谷事件の結末、ついに清盛が、張本の後白河院を、

押し込める算段をしようとした時に、

涙ながらに諌める重盛のシーンだ。

平家物語・巻第二・第十六句「大教訓」で、有名な話だけど、

もとより、平家物語の創作である。

しかも、平家では、一番つまらないくだりで知られる。

(この話を創作した、平家作者の意図や背景については別の話)

筋を借りるなら、独自の解釈と批判的な視点が欠かせないのは、

当然だが、それが無い上に、ご丁寧にも、重盛に、

 「忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれば忠ならず。

  重盛の進退ここにきわまれり」

と云う、ドえらく!古臭い台詞まで吐かせた。

(戦後世代じゃ、全く知らない人も多かろう。無理からぬ)

原典は平家物語ではない。

それを下敷きにして、江戸後期に書かれた、

「日本外史」(頼山陽)で創作されたものだ。

戦前、戦中の尋常小学校「国史」の教科書に引用されて、

広く人口に膾炙したから、ご年配の方々はよくご存知だろう。

これで「極悪非道の逆臣清盛」像が強く定着してしまったわけだ。

戦後の史学では(小説やドラマも含めて)

極端に歪められてしまった清盛像を如何に、

実像に近づけるかが、課題となったのは論を待たない。

その意味で、昔の大河「新平家物語」も努力していたはずだ。

 (確か、「大教訓」の場面は外し、重盛の心身の消耗の方に、

  重点を置き、描いていたと記憶する。順当な線だった)

脚本家は、この終盤で余程注意しないと、

(既に、クランクアップしてしまっただろうが)

今年の大河の、折角の評価をポカにしてしまう可能性がある。

疑いたくはないけれど、仮に、

旧きを好む向きへの、リップサービスだとしても、

安易過ぎて、芸が無いのは明らかだ。

(捨身 二代目CX5)

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