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2012年11月26日 (月)

「平清盛」を視る(57)

B12112501

ドラマは清盛晩年の精神の荒廃ぶりを描いて、佳境なんだろうけど、

それは、ひとまず置くとして、また一寸、細部を視よう。

病を含めて、寝所で臥せっている場面は何度かあった。

どうかなと思ったのは、烏帽子のことだ。

重盛の時は、烏帽子をとって、横になっていた。

今回の知盛は、烏帽子を着けたまま、横になっている。

どちらが正しいかと言えば、後者である。

中世前期の世界では、被り物は成年男性の必須アイテムであった。

露頂(ろちょう=髷を露わにする)は、とんでもなく、

恥ずかしい状態で、(入道姿を除いて)即、異形なのだ。

 (相手の冠、烏帽子を打ち落とすことも、非常な侮辱となる。

  露頂が一般的になるのは、室町後期から戦国期だ)

たとえ、寝床で何も身に着けていなくても、

烏帽子だけは被るものだった(描いた絵巻もある)

現代から想像すると、かなり滑稽な姿なんだが、

彼らは大真面目だったわけだ。

(捨身 Canon S100)

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