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2012年12月15日 (土)

治承四年十二月二十八日(2)

B12121401

「東大寺大仏縁起」は、南都焼討ちの総大将、平重衝の姿を描く。

中央馬上、狩衣、立烏帽子の男である。

平家物語も、彼の最後の様子を、かなり好意的に語っている。

ある意味、平家男子の、理想像とされたようだ。

一の谷の戦いで捕虜となり、鎌倉で頼朝と対面、

厚遇を受けるも、焼討ちされた南都の衆徒へ引き渡される。

京都と奈良の中間点、木津川で斬首され、

奈良坂・般若寺の大卒塔婆(頼長の墓と云う)前に晒された。

愚管抄には、或る人相見に優れた僧が、

咎人として引かれて往く、重衝を観て、

どうしても、死相が窺えぬと訝った話が載る。

(捨身 Canon S100)

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