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2012年12月 6日 (木)

当麻宿幻想(4)

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B12120502

墓域のほぼ真中に、歴代上人(住職)墓所がある。

ずらっと並ぶ石塔群の多くは中世のものだ。

中央に立っているのが「伝一遍塔」(柵内手前の球状小塔のほう)

一遍の墓所は兵庫県の真光寺に在るが、分骨されたと云う。

B12120503

一遍塔の直ぐ左隣が、一遍の後続者、他阿弥陀仏・真教の塔だ。

鎌倉後期の宝きょう印塔で、塔身部正面に、

文保3年(1319 真教の没年)の銘文を刻む。

B12120504

一遍は入滅(正応二年=1289)に当たって、経典著作を焼き払い、

自分の教えは一代限りとし、寺も、教団も残さなかった。

しかし、一遍の第一番目の弟子として、真教は、

後追い往生(自殺)が相次ぐ中、動揺する弟子たちを纏め、

教団の確立を決意する。

嘉元二年(1304)真教は時宗指導者の地位(遊行上人)を譲り、

此処、相州当麻宿に無量光寺を建立して、住することになった。

(捨身 二代目CX5)

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