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2012年12月10日 (月)

「平清盛」を視る(59)

B12120901

昔から、多くの大河が陥ってきた、終盤の弛みというやつで、

このところ、一寸パッとしないドラマ展開だ。

その一方、今回の大河で、ストーリー最大のキモ、

清盛白河院皇胤説も、再びクローズアップされてきた。

清盛による、王権簒奪と云うべき、

治承三年のクーデター、強引な福原遷都と還都、

これは、清盛が皇胤でないと、到底為し得ない所業なのだと、

主張する研究者は、意外と多いのだ。

(二人付いた時代考証者のうち、一人がそうだ)

でも、筆者として、組みし難いのは、

歴史的な結果から、遡って、要因を付会していく手法である。

まず、歴史的に、重要な原因を提示、実証しながら下り、

結果を導きだしていくほうが、しっくり来る。

清盛を皇胤と示唆するに、十分な一次史料、

(現存史料の新解釈も含む)が見出せない現段階では、

無理筋に近い説だと思う。

(捨身 Canon S100)

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