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2012年12月22日 (土)

「平清盛」を視る(62)

B12122101

平家物語(百二十句本)巻第六 「入道死去」 入道遺言 より

…治承五年、閏二月二日 耐え難いほどの高熱だったが、

 二位の尼殿、枕元へ寄り、泣く泣く仰るには、

 「ご容態は、日増しに望み少のう、お見受けいたします。

  お心にかかることがありましたら、

  気分のはっきりしておいでの時に、仰せ置いてください」

 日頃は、激しい気性の入道相国も、さすがに苦しげな様子で、

 「われ、保元、平治の戦よりこのかた、度々の朝敵を追討し、

 恐れ多くも、帝の外祖父、太政大臣に至って、

 栄耀栄華は子孫に及んだ。

 ただし、伊豆国の流人、頼朝の首をついに見なかったことは、

 無念至極である。自分に万一のことがあったならば、

 堂塔を建てたり、供養したりしてはならない。

 ただちに討手を遣わし、頼朝の首を刎ね、我が墓の前に懸けよ。

 それが何よりの供養であろうぞ」

 と仰ったのは、罪業深いことであった…

(捨身 Canon S100)

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