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2012年12月30日 (日)

平家は都を落ちはてぬ

B12122901

平家物語の、巻第七・第七十句 「平家一門都落ち」は、

繰り返し読むことが多い段の一つだ。

今年、拙ブログにかなりアップした、

「春日権現験記絵巻」(14C初)の中に、

平家都落ちの場面が出てくる。春日大明神の神慮に拠り、

平家と縁が深かった摂政・基通が、行列から抜けるところを描く。

騎馬集団の先頭、鞭で行き先を指し示しているのが、

棟梁・宗盛であろう。

同様に、後白河院も、いち早く叡山へ逃れてしまっていた。

二人を拉致し、西国へ赴こうとした、宗盛、重衝らの目論みは外れ、

一門の重鎮、頼盛父子さえ、離反していく。

…寿永二年(1183)七月二十五日、平家は都を落ちはてぬ…

と、一気に気持ちを断ち切るように終わる、結びの一行が好きだ。

(捨身 Canon S100)

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