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2012年12月14日 (金)

治承四年十二月二十八日(1)

B12121301

前回の「平清盛」でも、一寸だけ出てきたけど、

治承四年(1180)12月28日の南都(奈良)焼討ちのことだ。

平家物語によれば、般若寺門前で指揮を執っていた、

総大将重衝が、夜間、同士討ちを防ぐために命じたはずの松明で、

在家に放火され、折柄の風に煽られて、燃え広がったとする。

失火説を採るが、当時は、真相不明だったらしい。

東大寺大仏殿では、二階楼上へ非難した、

僧俗老若男女千余人が、敵を登らせまいと、

梯子を引いてしまってので、逃げ場を失い、

猛火にまかれ焼死すると云う、惨事があった。

今年の夏、奈良博・特別展「頼朝と重源」で観た、

「東大寺大仏縁起」(室町後期 重文 上掲)は、その場面を描く。

筆者としては、失火よりも、前後の、

平家の切羽詰った状況や、清盛の性癖などからして、

周到な計画だったような気がしてならないのだが。

(捨身 二代目 CX5)

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