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2013年1月の記事

2013年1月24日 (木)

説経節「をぐり」を読む(4)

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小栗主従最後の顛末を観て、

「今こそ気は散じたれ」(あースッキリした!)とのたまう横山殿。

陰陽師(ここでは、下級の呪師か声聞師だろう)を呼んで、

小栗たちの葬り方を聞けば、従者十人の殿ばらは、

(主君のとばっちりで、本人たちに落ち度が無い)

非業の死であるから、火葬に付し、

小栗自身は名のある大将なので、土葬がよいでしょうと答える。

そこで、急ぎ野辺送りを行った。

絵巻では、十人の火葬と、小栗を納めた坐棺を埋める様子を描く。

中世後期の葬送の様子が窺える、珍しい場面だ。

とりあえず、貴人は土葬、曰く付きの死には火葬と、

火葬と土葬の基準めいたことも、出てくるのが興味深い。

陰陽師の助言には、怨霊封じの意味もあったのではないか。

(捨身 Canon S100)

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2013年1月23日 (水)

説経節「をぐり」を読む(3)

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「小栗判官絵巻」第八巻十七段、場面は一転する。

横山殿が、言葉巧みに勧める「七付子」入りの毒酒を、

小栗判官主従は、とうとう手をつけてしまう。

たちまち、五体に毒が廻って、まず、従者十人の殿ばら、

「これは毒ではあるまいか。お覚悟あれや小栗殿!」

将棋を倒す如く、どうど、かっぱと斃れ伏す。

小栗、「毒で殺すか横山よ!刺し違へて果さん!」

と叫ぶも空し…

ついに、二十一を一期として、彼は朝の露と消えたのだった。

もとより、「をぐり」が盛んに語られていたのは、中世末の戦国期、

毒殺は、聴衆にとっても、思い当たる話が多かったのだろう。

そう云えば、狂言「付子」も同時代の曲哉。

(捨身 二代目CX5)

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2013年1月22日 (火)

説経節「をぐり」を読む(2)

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岩佐又兵衛描く「小栗判官絵巻」第八巻十五段、

武蔵・相模両国の郡代、横山館の場。

小栗主従をもてなす宴は、今やたけなわである。

左手上座、黄の直衣は小栗判官、右手、三つ巴紋の直垂が、

横山殿であろう。彼は、頃合いを見計らって、小栗たちに、

「七付子」(しちぶす)を仕込んだ毒酒を勧めようとしている。

この横山の館跡と伝わるのが、八王子旧市街・元横山町に在る、

八幡八雲神社だ。境内に横山一族を祀る横山神社が建つ。

この前、近くを通ったので、観て来た。

訪れたのは、二年前の八王子祭り以来になる。

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(捨身 二代目CX5)

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2013年1月19日 (土)

冬の日差し(5)

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午後遅く、旧市街から路線バスに乗った。

車窓より眺むるに、谷戸の雪は融けるのが遅いようだ。

既に、日が長くなり始めている。

(捨身  二代目CX5)

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2013年1月18日 (金)

寛政文化年間の品川宿(2)

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東海道分間延絵図の品川宿を観る。

場面左へ目を移して行くと、大井村を抜けて、

人家が絶えた田地の真中辺りに、木立に囲まれた広場と、

石地蔵、供養塔が見え、「御仕置場」とある(下は部分)

巷間知られるところの「鈴ヶ森」だ。

慶安四年(1651)に設置されたと云う。

此処で露と消えたのは、丸橋忠也、八百屋お七らの面々哉…

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(捨身 二代目CX5)

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2013年1月17日 (木)

寛政文化年間の品川宿(1)

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五街道(東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道)

分間延絵図(重文)は、幕府が沿道の実態を把握するために、

寛政12(1800)年から、文化3(1806)年にかけて、作成させた。

現在、東博が所蔵していて、時々公開されるのだが、

これが結構面白い。

年初に、東海道の巻一、品川宿の段を観ることが出来た。

品川宿は、中世の品川津から続く、都市的な場であり、

既に、拙ブログでも探索を試みて居るところだ。

上は、現在の南品川、青物横丁辺りの東海道沿道を描く。

妙国寺と品川寺の間で分岐するのは、

池上本門寺へ向かう道で、少し入った角に番屋がある。

こういった書き込みは、施政上必要な情報なのだろう。

人家も疎らとなった坂上(今の仙台坂か?)右側に、

「非人小屋」(下・部分)が見える。

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(捨身 二代目CX5)

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2013年1月16日 (水)

雪の朝 2013

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雪の朝。

雪上、刻々移ろい往く、光を覚える。

昨日、子供たちの作った雪だるまが、

何やら、道祖神めいていて、面白い。

今日は小正月、左義長(どんど焼き)哉。

(捨身 二代目CX5)

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2013年1月 8日 (火)

説経節「をぐり」を読む(1)

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先週末の読書会、

「中世の貧民 説経師と廻国芸人」(塩見鮮一郎著 文春新書)

にインスパイアされること多く、あらためて、

説経節「をぐり」を熟読してみたくなった。

中世後期、特に戦国期の民衆の実相を掴むに、

あらゆる意味で、理想的な題材だと想ったからだ。

もとより、この物語に散りばめられた、

中世世界のネタは、無尽蔵と云えるだろう。

合わせて鑑賞するに、絶好の絵画史料も現存する。

三の丸尚蔵館所蔵の「小栗判官絵巻」である(実見済み)

作者は、これも戦国から江戸への変革期に生きた、

異能の絵師、あの「浮世又兵衛」こと岩佐又兵衛だ

では、説経節の世界の中へ、ダイブするとしようか。

(テキストは新潮社古典集成の「説経集」を使用)

(捨身 Canon S100)

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2013年1月 2日 (水)

新春能狂言を視る

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例年、元旦の朝は寝坊したり、ぼんやりしていたりで、

新春能狂言(Eテレ)を視損なうのであるが、

今年は視ることが出来た。まずは祝着である。

演目は「春日龍神」だった。

入唐渡天(竺)を志す、明恵上人が春日明神へ参詣すると、

春日の神々が、思い止めさせようと示現し、様々に諭す筋立てだ。

まず、宮守の翁(春日明神が鹿島から移った際に、従ったと云う、

神職の中臣時風、秀行の化身とする)春日末社の神の翁…

最後には、猿沢の池から、龍神、八大竜王が現れる…

前シテの宮守の翁と、後シテの龍神が、

同じ化身でないところがミソだろう。

この物語では、肝心の春日大明神は、

眷属の神々の後に控えて、示現し給わないのだ。

一方、例の、春日権現験記絵巻でも、

明恵上人の入唐を制止しようと、

春日大明神が橘氏女という若い女性に憑依する場面がある。

こちらでは、建物の天井板へ昇って託宣する同女と、

礼拝する明恵上人一行を描く。

B13010102

(捨身 Canon S100)

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