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2013年4月28日 (日)

藤沢・遊行寺へ(13)

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こぢんまりとはしてるけど、然も作り物めいた庭である。

勿論、照手姫の墓も在った。

寺伝では、晩年の照手姫は、遊行寺の太空上人のもとで出家、

「長生尼」と名乗り、小栗や家臣たちの菩提を弔いながら、

此処で余生を送ったことになっている。

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小栗判官の墓の左右には、十人の家臣の墓まで揃う。

一連の宝篋印塔モドキ(五輪塔の部材が混ざっている)は、

そこそこの古色を帯びるが、中世迄は遡るまい。

せいぜい、江戸前期ではないか。

それでも、当地を含む、大山、江ノ島、鎌倉、金沢八景は、

手形無しで往ける、人気観光エリアだったから、

このようなスポットが、大いに受けたことは、想像に難くない。

「あの説経節の」と、江戸で土産話に花が咲いたことだろう。

B13042704

さらに、念の入ったことに、あの人食い馬、鬼鹿毛の墓も付く。

まぁ、この辺は目くじら立てずに、

江戸人の、物見遊山の旅に、想いを馳せるとしよう。

(捨身 二代目CX5)

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