« 瀬戸の明神社(4) | トップページ | 瀬戸の明神社(6) »

2013年5月20日 (月)

瀬戸の明神社(5)

B13051901

境内の探索を始めよう。

社殿の後背には、小丘と社叢林が迫り、垂直な崖を形成している。

前面に、幾つかの摂社が並び、足下は海食が残る砂岩の岩盤だ。

海進があった、太古へ遡るものなのだろうか。

B13051902

壁面に数ヶ所、やぐら状の掘り込みが認められた。

今は、稲荷社が祀られているようだが、本来は中世墓だろう。

海食の痕が、より明瞭になって、削岩痕も窺える。

案外、歴史時代の海岸線かもしれぬ。

B13051903

社叢林は、照葉樹で占められる。

定番の楠、古代、中世を通じて、理想の船材だった。

現在、関東沿岸で観られるのは、須く先人が植えた楠だ。

真鶴半島では、森を成していると聞く。

(捨身 Canon S100)

|

« 瀬戸の明神社(4) | トップページ | 瀬戸の明神社(6) »

歴史(中世史)」カテゴリの記事

コメント

熱海の来宮(きのみや)神社でも樹齢二千年と言われる大楠が祀られていました。中沢新一は安曇族の渡来地と記していました。楠の原産は中国やベトナムらしいので、北九州の海人族が瀬戸内、紀伊半島、東海と海伝いに植えて行ったのでしょうか。北限はどの辺りなのか気にかかります。

投稿: 振り子 | 2013年5月20日 (月) 07時25分

品川でも観ましたけど、楠はよく目に付きますね。実に、太古からの人々の足跡です。江戸後期、明治期に至るまで、植え続けた記録もあるようです。最近じゃ、街路樹でも、人気だそうですよ。

投稿: kansuke | 2013年5月20日 (月) 22時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 瀬戸の明神社(4) | トップページ | 瀬戸の明神社(6) »