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2013年5月22日 (水)

瀬戸の明神社(7)

B13052102

社殿の後背に並ぶ摂社のうち、これは天神社。

かなり末枯れた風情の、天神像が祀られていた。

これらの小社は、明治初年の神仏分離、廃仏毀釈の、

一環で行われた、神社統合の名残りとも云われる。

近隣の、熊野社、白山社、天神社、稲荷社、東照宮など、

多数の社が、瀬戸神社に合祀されたのだった。

一連の「宗教改革」は、仏教のみならず、

神道自体にも、大きな犠牲を強いた。失われた遺産も少なからず、

今となっては、全く取り返しのつかない仕儀だ。

B13052002

真新しい案内板が、謡曲「放下僧」の故地であることを示す。

金沢文庫・称名寺も、謡曲「六浦」の舞台だった。

この様に、謡曲の舞台となる地は、様々な人々が行き交った、

中世世界の、都市的な場であることが多かった。

(捨身 S100)

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