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2013年6月20日 (木)

三島社参(2)

B13061901

三島大社大鳥居(一の鳥居)前は、東西に並行する旧東海道と、

旧下田街道が直交する、三叉路になっている。

三島は、古代・中世を通じて、伊豆国の国府が在っただけでなく、

都市的な場としても、賑わってきた。三島社はその中心に鎮座する。

一遍聖絵・巻第六・第二段に描かれた、同地の場面だ。

弘安五年(1282)七月十六日、

相模国片瀬浜、地蔵堂での踊り念仏興行の後、

一遍らは、京へ上る途中、三島社に立ち寄った。

この場面は、以前にも紹介したことがあるけれど、

今回は、実際に現地に立って、確かめてみたくなったわけだ。

B13061902

参道は、現状とほぼ同じで、大鳥居から直ぐ、太鼓橋にかかる。

現在の太鼓橋(木橋から石橋に変わっている)より、

旧下田街道方向を望む。

この道は北条氏の本拠地、韮山へ通じていた。

B13061903

そう謂えば、治承四年(1186)八月十七日の、

頼朝の挙兵、伊豆目代・山木兼隆館襲撃は、

三島社祭礼の日に決行されたのだった。

(捨身 OLYMPUS XZ-10) 

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