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2013年6月16日 (日)

足利へ(6)

B13061501

さて、ばん阿寺の呼び物?土塁を探索してみよう。

階段と小径が付けられ、歩き易くなっている。

中世の土塁がよく判る遺構で、もとよりホンモノだ。

ついでながら、中世の館跡がその儘、寺になった例を、

「館寺」(やかたでら)と呼ぶ。

邸内の持仏堂が発展した場合が多い。

金沢文庫の称名寺もそうだ。ばん阿寺は足利氏二代義兼の、

(1154?~99 足利荘に入った初代義康は源義家の孫だった)

本拠地で、彼の死後、子息義氏が高野山真言宗末寺の、

「堀内御堂」を建立し、足利氏の氏寺としたのが始まりだ。

爾来、文字通り、この「堀内」に、寺は在り続けたわけだ。

B13061502

館内から観ると、土塁の傾斜と高さはこんな感じになる。

B13061503

コーナー部分の曲がり具合を示す。地面は締まっており、

今も、版築(一層一層、土盛りを杵でつき固める工法)が、

効いているのかもしれない。

(捨身 OLYMPUS XZ-10)

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