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2013年7月12日 (金)

伊豆山にて(9)

B13071101

伊豆山権現は、法体(僧形)俗体(翁)女体(女神)の三様で、

示現すると云う。故に三所権現とも称される。

其々の本地仏は、千手観音、阿弥陀如来、如意輪観音とされた。

山内には、観音堂、阿弥陀堂などの堂舎が、

建ち並んでいたと想われる。

温泉湯治の関わりで、薬師堂、地蔵堂も在ったかもしれない。

僧侶、修験者、神人たち、堂衆のトップは、

別当と呼ばれる、僧侶が務めたが、普通の僧と一寸違うのは、

京鎌倉の有力者の子弟が多く、妻帯、世襲もあり得たことか。

一方で、上記の所伝とは別に、「小田原北条記」は、

戦国期の天文年間、北条二代・氏綱が参詣した際に、

当時の別当が、此処の権現は、

古代、高麗国より渡来して、相模国府、大磯近くの、

高麗寺山(現・高来神社)に示現し、その後、仙人が、

伊豆山と箱根へ勧請したと語った、と記す。

実際、大磯辺りは、高句麗王族・若光らの、入植地であったから、

この伝承は、意味深長と謂えるだろう。

小田原北条氏絡みで、話を続けるならば、戦国期の伊豆山は、

彼らの絶大な支持で、支えられていたようだ。

その為、秀吉の小田原攻めに連座して、

全山焼討ちの憂き目に遭ってしまう。

復興を援助したのは、やはり、家康だった。

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(捨身 OLYMPUS XZ-10)

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