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2013年8月19日 (月)

G1Xを試しに、再び箱根山中へ(14)

B13081801

精進池畔の石仏群(元賽の河原)を探索した際に、

意外に、石塔・板碑類が少ないな(と謂うか、全く残っていない)と、

想っていたのだが、その理由が凡そ理解出来た。

江戸初期、賽の河原が、此方、根芦ノ湖畔に移った時に、

運べるサイズのものは、移動させられ、

持って往けない、岩壁の、二十五菩薩、磨崖仏群や、

曽我兄弟墓や多田満中墓のような、巨大石塔が残されたわけだ。

さて、芦ノ湖畔の石仏石塔群だけど、

その後、明治期の廃仏毀釈で、大きな被害を受けたようだ。

打ち割られて、湖に投げ込まれたり、売り飛ばされたり、

と云った具合にである。

明治初年撮影の古写真に、後背が欠けて、見る影も無い、

金銅の地蔵坐像が写っているのを、観たことがある。

そのせいか、現存の石仏石塔も、痛みが激しいものが目立つ。

柵裏には、苔むした石塔の残骸が山積みになっていた。

B13081802

(捨身 Canon G1X)

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