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2013年8月11日 (日)

G1Xを試しに、再び箱根山中へ(8)

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江戸期になると、「茗荷屋」畑右衛門を称する家が、

畑宿の宿名主を仰せ付かっていた。

その屋敷と庭跡には案内板が立っている。

本陣とも呼ばれるが、正確には、門構え、玄関を許された、

大名公家が使える、休憩、昼食のための茶屋である。

同様な茶屋が湯本にもあり、こちらは「伊豆屋」と云った。

彼らのもう一つの生業は、箱根越えを往還する人々に、

宿で作られた、様々な挽き物、指物、細工物を展示し、

販売することだった。

文化・文政期に入り、箱根を訪れる旅人や湯治客が増えると、

土産物として、評判になっていく。

庶民が買える、挽き物の独楽、人形などの玩具もあったが、

主流は、大名クラスの贈答品、輸出向けの、

高級精緻な細工箪笥類で、明治期にかけて、

箱根寄木細工は最盛期を迎える。

ついでながら、「茗荷屋」という屋号は、意味深だと想う。

かつて、諸国を遍歴していた木地師たちは、木材が入手し易い、

場所を見つけて住み着くと、必ず茗荷を植えたと伝わる。

茗荷が付く地名(例えば、茗荷谷とか)は、

彼らの集住地だった可能性があるのだ。

(捨身 Canon G1X)

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