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2013年9月22日 (日)

朝比奈峠越え(2)

B13092102

朝比奈峠を越える道は、金沢道、あるいは、六浦道と呼ぶ。

鶴ヶ丘八幡宮社前で、若宮大路と直交して、東へ向かう道で、

中世を通じて、鎌倉では、最重要道路のひとつだった。

ちょうど、三嶋大社と東海道の位置関係に似ている。

この道は、北条一族の拠点港湾だった、武州金沢・六浦津と、

鎌倉を結び、その先、海路を経て、房総半島にも繋がっていた。

室町中期、享徳の乱(1455)で、関東公方が鎌倉を落去すると、

一時的に寂れたと想われるが、江戸中期に至り、大山詣りの、

流行に併せて、江ノ島、藤沢(遊行寺)鎌倉、金沢八景を、

遊覧する道として、再び、賑わいを取り戻したようだ。

加えて、金沢は近世まで、製塩が盛んだったので、

塩を運んだ「塩の道」でもあった。

現在の県道204号線(金沢街道)は、ほぼ同じルートを辿るが、

朝比奈峠付近には、かつての古道の一部が現存する。

其処を、今回の探索地に決めたわけだ。

B13092103

この辺りは、鎌倉市中を流れる滑川の源流域に近い。

B13092104

さて、峠道に入る前に、とある時宗寺を訪ねてみることにした。

光触寺(こうそくじ)と云う。

(捨身 Canon G1X)

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