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2013年10月 2日 (水)

朝比奈峠越え(12)

B13100103

B13100102

時宗と熊野権現の、格別の関わりとは、こうである。

文永十一年(1274)一遍は熊野参詣の途上、山中で、

とある老僧と行き逢い、賦算(ふさん=名号札)を授けようとする。

その僧は、未だ信起こらずと、受け取りを拒否した。

一遍と老僧、札を受ける受けないで押し問答となるが、

結局、札を押し付けてしまう。

このことで、一遍は、自分の布教方法に、

重大な誤りがあるのかと、自問し、苦悩する。

しかし、この老僧こそが、熊野権現の応化身なのであった。

一遍は、熊野権現の神意を知るべく、本宮で参籠、

ついに、神託を受ける。

白髪の修験者姿で、示現した熊野権現は、

 「融通念仏すすむる聖、いかに念仏をばあしく、

  すすめらるるぞ。御坊のすすめによりて、

  一切衆生はじめて往生すべきにあらず…

  …中略…

  信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、

  その札をくばるべし」

…融通念仏を勧める一遍聖よ、

 どうして、念仏を悪く勧めるのだ。

 そなたの勧めによって、全ての衆生が初めて、

 極楽往生出来るのではない。

 阿弥陀仏が十劫の昔に、悟りを開いた時、

 全ての衆生の往生は、南無阿弥陀仏の名号に因って、

 (一遍の賦算とは関係なく)既に、決まっているのだ。

 衆生に信ずる心があろうが、なかろうが、

 清浄、不浄に拘らず、差別することなく、

 その札を配りなさい…と、説いた。

所謂「熊野権現の神託」がこれで、以後、一遍は、

「他力本願」の真義を深く悟り、迷うことなく、

布教に邁進するようになった。一遍の信仰の、あるいは、

後の時宗・教義の、根幹を成すとも謂えるわけだ。

上掲一枚目、一遍聖絵より、

山中で、老僧姿の熊野権現と行き逢う一遍たち。

上掲二枚目、同じく、左から、

山伏姿で示現する権現、跪き合掌する一遍と、

神託の後、多数の童子たちが集まり、一遍に札を請う奇瑞を、

異時同図法で描く。

B13100101

(捨身 上S110 下G1X 十二所神社前、滑川の流れ)

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